5732 ギリシャ財政危機をアメリカはどうみるのか  古森義久

ギリシャの国家財政破綻は日本にとっても他人事ではありません。ギリシャの危機をどう受け止めるべきか。日本でも為されねばならない点検の作業でしょう。この点、アメリカではすでに山のような評論、分析、提言などが出ています。
そのアメリカの反応を総括すれば、ヨーロッパが戦後の長い年月、誇ってきた「大きな政府」型統治はもう終わりなのだ、という認識でしょうか。
ギリシャの財政危機に始まるヨーロッパの動揺への米国の反応がおもしろい。懸念と安堵(あんど)と優越感が交差する、なんとも複雑な態度なのだ。米欧の結びつきをみれば、ギリシャの危機が米国に危険な余波を及ぼす可能性は当然だろう。
なにしろ米国の銀行の欧州への融資は総額1兆5千億ドルにのぼる。米国の輸出全体の4分の1は対欧州である。欧州の財政が崩れれば、米国にも直接の被害が生じる。
米国が国際通貨基金(IMF)のギリシャへの巨額の救済融資に賛成したのも、その懸念からだろう。
ガイトナー米財務長官がロンドンを訪れ、ギリシャ危機対処への国際協調をイギリス側と話しあったことも同様だといえる。
しかしその一方、米国側では微妙な安堵感もうかがわれる。ユーロはやはりドルにはかなわない、という再認識もその一端だろう。
「ギリシャ危機の最も顕著な影響は基軸通貨としてのドルの役割を今後の一世代もの期間、確定したことだろう」(ファリード・ザカリア・ニューズウィーク誌国際版編集長)という受けとめ方だ。
ユーロの下で団結するはずの欧州連合(EU)のギリシャ危機への対処は鈍く、乱れた。ユーロの構造的な欠陥や信頼性の不足が露呈されたというのだ。
米国のその認識の背後では、国家が主権の一部を譲りあうというEUの概念への日ごろの落ち着かない思いが、今回のEU側の無能ぶりに「ほら、みたことか」というほっとした感じに転じたともいえる。
米国の反応でさらに大きいのは、今回のギリシャ危機を戦後の長い年月の西欧の社会主義的「大きな政府」政策の破綻(はたん)として位置づける見方だろう。
「ギリシャの失態はケインズ主義的過剰政府支出の終わりを告げている」(米紙ウォールストリート・ジャーナル社説)という見解である。
その背後にも米国本来の民間主体の資本主義システムがより優れていることが証明されたのだという優越感ふうの示唆がある。
確かにギリシャの財政崩壊の土壌には公務員や一般労働者の賃金、休暇、年金の超優遇という高福祉政策が存在した。国民の生活の豊かさを政府支出で支える「巨大な政府」策がふんだんに実行されてきた。
だから米側では「ギリシャの指導者はケインズ的助言を排除して政府支出を大削減したイギリスのサッチャー首相の実例に従うべきだ」(経済学者のアラン・メルツァー氏)として、今こそ民営化の促進を、と奨励する。
米国ではさらにギリシャ危機が西欧全体の高福祉国家政策の終わりの始まりとみる向きが多い。米紙ニューヨーク・タイムズはパリ発で「財政危機が欧州の生活スタイルの福祉受益を脅かす」という長文の記事を載せた。西欧諸国が国民の高齢化や経済の停滞で巨額の政府支出が困難となったが、その破綻の先頭がギリシャだというのだ。
ウォールストリート・ジャーナルのダニエル・ヘニンガー記者は「私たちは『非欧州党』」という題のコラムで「米国民は躍動する将来を望むならば、欧州の社会主義的経済志向を排すべきだ」と主張した。
米国の欧州への錯綜(さくそう)した姿勢はオバマ大統領にとってはさらに屈折した意味を持つ。大統領の医療保険改革のようなリベラル政策は「欧州の社会主義志向に近い」と評されてきたからだ。
その点では大統領が苦労して成立させた医療保険改革法を破棄すべきだという米国民が全体の60%にも達したという5月末の世論調査結果は、偶然ではないのだろう。(ワシントン 古森義久)
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