5858 「江戸版 三丁目の夕日」を観たい 平井修一

「ぼてふり」がなくなった。「棒手振り」。<商品を天秤棒に担いで売買すること。転じて、そのような商売をする商人を指す>(ウィキ)
「行商」というか。<行商は、客の注文を受けて運搬して行く配達とは違い、顧客のいそうな地域を商品を運搬しながら販売する方法>(同)とある。今、我が街で見かけるのは、天秤棒ではないけれどリヤカーで引く「豆腐の野口屋」だけである。
「焼芋屋 闇に火を曳き 声を曳き」と母が詠った冬の名物誌、焼芋屋も絶えて久しい。スーパーでは一年中焼き芋を売っている、嗚呼!
かつてはありとあらゆる商売が売り込みにきた。川崎市郊外の小生が最後に金魚売、風鈴売りを見たのは昭和43(1968)年だった。もう40年前である。
江戸時代は人々はあまり買い物に行かなかったようだ。商人が物を売りに来たのである。特に武家の女性は外出する必要はほとんどなかったという。三井越後屋も外商がメインだったろう、その伝統は今も引いているようだ。
ぼてふりの売り声は朝からこんな具合だ(以下、宮田章司「江戸売り声百景」から)。
早朝に来るのは納豆屋とアサリ屋。
♪なっと、なっとぉー、なっとーみそまめー
♪あさりーしーじみよーい、あさりーむきみよーい、あさりーはまぐりーよーい
この声で起床する人も多かったろう。当時はお天道様と軌を一に暮らしていたから、夏には明け六つ=午前6時には路地裏に売り声が響いていただろう。煮豆屋、佃煮屋も来る。
売るばかりではなく、庶民からモノを買ってくれる人も来る。「へっついなおし」というのは竈(かまど)を直すとともに灰買い屋であり、肥料にするための灰を集めている。米糠、綿も買ってくれたそうだ。
空き樽を買い集める「空き樽屋」なんていうリサイクル業者も来る。古い樽は新しい樽と違って漏れないから価値があるのである。タガを締め直せば何十年も使えた。人生訓みたい。
修理職人もぞろぞろ路地を訪ねるね。鍋釜を修理する鋳掛け屋、こうもり傘の張替え屋、はさみ、包丁、かみそりの研ぎ屋、草履、下駄、雪駄の直し屋、土瓶の蔓巻き屋、キセルの掃除と修理をするラオ屋というのもある。
ネズミ捕りの薬屋も来る。
♪いたずらものはおらんかな、石見銀山ねずみとり
輿石東あたりを駆除してくれ。万金丹の薬屋の売り声は楽しい。
♪太鼓が鳴ったらにぎやかで、ほんとにそうならすまないね。へらけーの万金丹、てけてっつのぱ
「おっぺけぺー」のバラマキ民主党音頭みたいだなあ。
<うはべの飾りは好いけれど、政治の思想が欠乏だ、天地の真理が分らない、オツペケペ、オツペケペツポー、ペツポーポー>(ウィキ)
子供相手の菓子売り、夕食用のイワシ売り、夜中のそば屋まで、江戸の庶民は物売りの声とともに暮らしていた。今は粗大ゴミの収集車ばかりで、味気ないことこの上ない。江戸時代の庶民の暮らしを忠実に再現したような「江戸版 三丁目の夕日」はできないものか、“皆様のNHK”さん?
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