5884 「ありき」の名古屋場所と消費税一〇% 岩見隆夫

日本サッカーがこんなに強いとは思わなかった。さほどサッカー好きでない私などまで、熱気の渦に巻き込まれ、テレビ画面に向かって大声をあげたりした。熱狂は心地いいが、醒めたあとが少々寂しい。
まあ、しかし、よくやった。最近、我を忘れて興奮するのはスポーツしかない。本田のあの茶髪がまだ目の前でちらついている。
さて、現実に話を戻さなければならない。〈××ありき〉と言う時の〈ありき〉の語感はあまりよくなく、正しい日本語の用法かどうかもはっきりしないが、それはともかく〈ありき〉が横行していて、非常に気になる。
大相撲名古屋場所は〈開催ありき〉だった。角界はトラブル続きで、またか、とうんざりするが、今回の野球賭博問題の処理はひどすぎた。開催の結論に持っていきたいあまりに、真相の解明を途中で切り上げている。
賭博自体には同情もある。競馬、競輪、競艇、パチンコから、マージャン、ゴルフまで、賭け事は社会全体で日常化している。すべて反社会的というわけでもない。娯楽の範囲内で許されている面もある。
私も白状すれば、昔、記者仲間ではやった相撲トトカルチョに加わって楽しんだことがあった。だが、小金のやりとりで、賭博というほどのことではない。ささやかに射幸心を満たしたにすぎない。
今回の力士のなかには、そんな娯楽の延長線レベルのものもあったと思われる。しかし、許しがたい疑惑が確実にあった。暴力団の介在だ。元力士の一人は、
「暴力団がかかわっていたのは間違いない。しかし、力士たちには知らなかった者もいたと思う」と証言している。それなら、なおさら問題は深刻ではないか。暴力団は巧妙に角界に巣くって稼いでいたことになり、個々の力士の不始末というより、組織的に汚染されているからだ。
暴力団に詳しいジャーナリストの溝口敦さんも、「昔から角界と暴力団が癒着しているのは紛れもない事実だ。今は相撲協会が興行を仕切るようになったが、かつては地方巡業を各地の暴力団が仕切るなど、癒着は公然の事実だった。今も、暴力団幹部が力士に飲ませたり食わせたりして、夜の繁華街を連れ歩いている。幹部が力を誇示するためだ」(六月二十九日付『朝日新聞』)と言っている。この点を解明するのが先決で、名古屋場所の開催問題はそのあとだ。
◇共通するのは「中抜き」 手順を踏まない安直さ
ところが、特別調査委員会による調査はいい加減だった。六月二十八日の記者会見で、「暴力団とのつながりは……」と問われると、委員の村上泰弁護士は、
「調査の中ではつながりは出ていないし、我々の力では到底解明できない。結果的に賭け金が暴力団に流れていたとしても、それは結果責任だ」
と奇妙な理屈でかわした。要するに解明能力がないと白状している。やはり委員の村山弘義元東京高検検事長(外部理事)は、
「反社会勢力との絶縁、土俵環境の浄化に相撲協会員全員で取り組む」と述べたが、今後の決意表明にすぎない。〈絶縁〉と言うからには、いま何らかの縁があることをほのめかしているのも同然で、実態の把握なしに、縁が切れるはずがない。
要するに、肝心の暴力団問題にメスを入れようとすると長引くだけでなく、日本相撲協会の致命傷になる。だから棚上げして、大嶽親方と琴光喜関の追放という厳罰でかわし、特別調査委と協会の連係プレーで名古屋場所開催を強引に決定した。あからさまな〈開催ありき〉だ。
似たことは、政界でもやられている。〈消費税一〇%ありき〉である。菅直人首相は六月十七日、民主党マニフェスト(政権公約)を発表した際、唐突に、「当面の消費税率は、自民党が提案している一〇%を一つの参考にしたい」と述べ、政界は蜂の巣をつついたようになった。首相が引き上げ税率の数字を口にすれば騒ぎが広がるのは当然で、菅さんがそれを知らないはずはない。
にもかかわらず、なぜ口にしたのか。菅さんは財政再建を新政権の最大、最優先の目標に掲げている手前、再建の一つの裏付けになる消費税増税が自民党主導で論議されるのはまずいと判断した、と思われる。それが、せっかちに〈一〇%ありき〉に走った理由だろう。
しかし、党内論議を経ていなかったから、小沢一郎前幹事長らが批判に回り、世間に対しては懇切丁寧な説明が抜けていたために、内閣支持率がとたんに一〇ポイント前後下落した。あわてた菅さんは、カナダ・トロントで、
「一〇%は公約ではない。超党派で協議しよう、という提案が私の公約です」と発言を修正し、一〇%隠しに転じたのだ。
角界と政界の二つの〈ありき〉、名古屋場所開催と消費税一〇%に共通しているのは、〈中抜き〉である。相撲ファンの多くは、野球賭博の全貌を徹底的に明らかにしたうえ、すっきりした形で開催することを熱望していた。特に暴力団の関与が解明できないうちは、開催断念もやむなし、と考えた人も少なくなかった。しかし、相撲協会は大切なプロセスを省いて、開催の結論を急いだのだ。
一方、消費税率の引き上げについて、世論の理解は相当深まっている。だからといって、やにわに一〇%では困る。なぜ一〇%か。一〇%ですむのか。何にどう使うのか。増税の前に、何と何をやるのか。質問項目は山ほどある。それらすべてに細かく、説得力をもって説くという、やはり不可欠のプロセスを省略した。
このままでは、名古屋場所はうまくいかないし、ひいては大相撲の将来が心配だ。消費税増税も論議が混乱し、税制抜本改革という大テーマの今後が危うくなる。手順を踏まないで、安直に〈中抜き〉ですまそうとすれば、うまくいくはずがない。
日本相撲協会と菅首相は同じ過ちに手を染めようとしている。(サンデー毎日)
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