5898 塩野七生に反論する 岩見隆夫

先ゆき不透明ななか、識者の政治意識もいろいろだ。「ローマ人の物語」などの著作で知られるイタリア在住の作家、塩野七生(ななみ)が月刊誌「文芸春秋」8月号の巻頭随筆で、参院選を論じている。タイトルは、
<民主党の圧勝を望む>
だれもが圧勝はあるまい、と予感しているだけに、意外性がある。この2ページの短文、男女関係までからめてつづられ、読みごたえがあるが、論旨には同意しかねる。
なぜ圧勝を望むのか。塩野は、
<政権安定のためである。それも、他の党との連立を組む必要のない、強力で安定した政府にするためなのだ。……多くの日本人同様に私も、日本の政治家に希望をいだかなくなって久しい。だから、菅新首相に特別に期待しているわけではない。ただ一つ、参院でも過半数を制して安定した政府をつくり、それで少なくとも三年はつづいてくれ、という想(おも)いだけなのだ>
と書いている。少なくとも3年は、という点は賛成だ。ひっきりなしの首相交代がいかに国の損失かは、当コラムも再三訴えてきた。もういいかげんにしてほしい、と思う。菅直人首相も、
「この5年で4人も首相が代わった。これではだめだ。参院選で問われているのは、安定か混乱か」と言う。安定とは政権の継続で、塩野の願望と同じである。
ただ、塩野は継続だけでなく、<強力で安定した政府>を望み、そのための圧勝、つまり民主党の単独過半数はもとより、絶対安定多数を期待している。
そこが、あす投開票の参院選最大のポイントだ。イタリアからの目は、単純化し割り切ることができる。しかし、民主党政権発足から10カ月、日々新政権と付き合ってきた国民にとっては、そうすっきりとはいかない。政権の継続はいいとして、強力・安定の議席を与えてしまっていいのか。民主党は政権党として、この国の将来を託すだけの資格を備えているか。<普天間の鳩山>と<消費税の菅>を見つめながら、国民には迷いが生じている。塩野は、その点、
<私は、鳩山という首相を、「日本の悪夢」として忘れることにしたのである。この人が首相であった九カ月間を細かく詮索(せんさく)したりすれば気が滅入(めい)るだけだし、……忘れるほうがよほど生産的である>
とあっさり切り捨てた。しかし、これまたそうはいかない。
鳩山政権の挫折は、鳩山由紀夫前首相の力不足が第一の原因ではあるが、鳩山を支えきれなかった民主党の未熟さも軽く見るわけにはいかない。<悪夢>だけで片づけるのは、あまりにも短絡的だ。
昨年春、やはり「文芸春秋」の巻頭随筆で、塩野は、<拝啓・小沢一郎様>の一文を書き、こう呼びかけている。
<世界の中でただ一国、政局不安定なのが日本です。政局安定のためには大手術をするしかない。自民党と民主党の、今すぐの大連立です。そして、それをやれるのは、小沢様、あなた御一人です>
と。当時、小沢は民主党代表だったが、政治資金疑惑が発覚してまもなく辞任する。
塩野の政局安定論は、1年余の間に、自・民大連立のすすめから民主の圧勝願望まで、移った。それだけ、政界の転変が激しいということだろう。
安定するに越したことはない。だが、議席数が安定しただけで、いい政治が実現すると思うほど、有権者の目は単純でなくなっている。あす、悩み迷いながら、微妙な結果を出すのではないか。(敬称略)
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