5968 ハーン先生の「ヒヒヒの女房」 平井修一

暑い夏を多少とも涼しくしてくれるのは怪談話である。ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲(こいずみやくも)の「耳なし芳一」を読み直したが、改めて背中がぞくぞくした。
ハーンについては、先だって東京都のコリアンタウン、新宿区大久保界隈を散策していたら「小泉八雲記念公園」に出合った。
この界隈で小泉八雲は亡くなった。享年54、いささか早すぎるが、濃厚な人生だったようだ。
夫人はセツさんという。視力の弱いハーンにとってセツさんは目であり、耳であり、昔話の取材源、同学の士、秘書でもあった。セツさんの「思い出の記」から――
<怪談は大層好きでありまして、「怪談の書物は私の宝です」と云っていました。私は古本屋をそれからそれへと大分探しました。
淋しそうな夜、ランプの芯を下げて怪談をいたしました。ハーンは私にものを聞くにも、そのときには誠に声を低くして息を殺して恐ろしそうにして、私の話を聞いて居るのです・・・
「耳なし芳一」を書いています時のことでした。日が暮れてもランプをつけていません。私はふすまを開けないで次の間から、小さい声で芳一、芳一と呼んで見ました。「はい、私は盲目です。あなたはどなたでございますか」と内から云って、それで黙っているのでございます。
いつもこんな調子で、何か書いているときには、そのことばかりに夢中になっていました・・・
書斎の竹薮で夜、笹の葉ずれがサラサラと致しますと、「あれ、平家が亡びていきます」とか、風の音を聞いて、「壇の浦の波の音です」とまじめに耳をすましていました>
夫唱婦随というのか、人生の良きパートナーというのか、ハーンの後半の人生はセツさんという伴侶を得て幸せだった。「ヒヒヒの女房」か。
ラフカディオの名は彼の出身地、ギリシャのレフカダ島に因むもの。この島と新宿は姉妹都市だという。なお、ハーンと八雲(はうん)は音が似ているが、たまたまそうであっただけで彼自身はヘルンと呼ばれることを好んでいたようである。
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