5975 会いたくても会えない首相の「非力さ」 花岡信昭

菅直人首相が小沢一郎氏に会いたがっている。事務所を通じて連絡したというのだが、小沢氏は会おうとしない。それどころか、八丈島で釣りに興じていたというのだから、この構図はおもしろい。
一国の宰相が、建前からいえば本来は部下であるはずの前幹事長に「お会いしたい」と公言し、それが実現しないという不可解さ。
小沢氏とすれば、会わない期間が長ければ長いほど、政治の世界で最も力をもっているのはだれか、天下に示すことができる。
一方で、会いたくても会わせてもらえない首相の「非力さ」が一段と浮き彫りになる。
いつ、菅―小沢会談が実現するのか、どういう雰囲気になるのか。そこを想像すると、不謹慎だが、なんとも楽しくなるではないか。
「小鳩同時辞任」―菅新体制発足―参院選での「民主敗北」という事態が矢継ぎ早に起きて、日本政治内部の力学構造に微妙な変化が起きた。
それは、8月の事実上の政治休戦を経て、9月上旬に予定されている民主党代表選に向け、なんとも複雑な政治展開を予感させる要因となる。
*いずれ自民党刷新の動きが出てくる
 
参院選に勝っていれば、代表選は菅氏の信任投票の様相となったかもしれない。選挙に勝った首相(党代表)を引きずり降ろすわけにはいかない。 「民主44、自民51」という議席差だけ見れば、たしかに民主党は「大敗」し、自民党は「大勝」した。
だが、得票数では民主党が選挙区全体で320万票、比例代表で430万票、自民党を上回った。
 
比例代表で民主党は16議席を得たのに対し、自民党は12議席にとどまった。この12議席というのは、過去最低議席である。
 
この意味合いがじわじわと浸透していくはずだ。それは民主党のみならず、自民党サイドにも効いてくる。自民党も「大勝ムード」にいつまでも酔っているわけにはいかなくなる。 谷垣執行部はほっと一息ついているのだろうが、いずれ、若手、中堅を中心とした党刷新の動きが出てくると見る。
 
参院選で小沢氏は複数区への複数擁立作戦を実行した。2人区に2人立てて、独占を目指そうというのだから、無理スジの強硬戦術といえたが、結果的にはほとんど失敗した。
 
だが、選挙結果を左右したのは29ある1人区だった。前回、民主党は23勝していたのだが、今回は8勝21敗と全く逆の結果になった。
*消費税発言で「釈明首相」のイメージが
 
1人区を制することができなかったのは、小沢氏の責任ではない。 菅首相が「消費税10%」を打ち出し、これを選挙戦中に「次の衆院選まではやらない」「年収に応じて還付することも考える」などと釈明に追われたことが最大の要因となった。
  
1人区は地方に集中しているから、ただでさえ地方の疲弊がいわれている時代にあって、都市部よりも消費税増税の重圧がきつく受け止められたということだろう。
 
「消費税選挙」は、菅首相と小沢氏、さらには鳩山前首相との力関係に変化をもたらしたのだ。
 
「普天間」「政治とカネ」の問題によって、同時辞任を余儀なくされ、小沢氏と鳩山氏の政治力は一気に減殺されたとも見られた。 これを見越して、菅新体制の布陣は「脱小沢」がキーワードとなった。
だが、菅首相は消費税を持ち出すという「オウンゴール」を演じてくれた。 まこと、政治の世界の力学は急速に変転するものだ。
小沢、鳩山両氏の退陣によって、圧倒的に力をつけたはずの菅首相は、言い訳ばかりが先行する「釈明首相」のイメージを決定的にしてしまった。
*「政界引退」を修正し始めた鳩山氏
 
鳩山氏の態度にも微妙な変化が出た。次の衆院選には出馬しないと政界引退を表明していたのだが、地元ではこの発言を修正し始めたのだ。 政治家というのは引退を表明してしまうと、その求心力が一気に落ちる。
 
辞めることが分かっている政治家にだれもものを頼みにはいかない。だから、政治の常識としては、引退するのは直前に行うのが通例である。
その場合、後任候補の公募などをしている時間はないから、夫人の身代わり出馬や世襲でしのごうということになる。
鳩山氏もこのことに気付いたのだろう。あろうことか、韓国から初めて来日した金賢姫の滞在先に軽井沢の別荘を提供するということまでやった。
拉致問題に情熱を持って取り組むという姿勢を強調したかったのだろうが、これは政治的野心がいまだに残されていることの証明として映る。
同時辞任に追い込まれたという点で、小沢氏と鳩山氏は双方それぞれに相手に対して許せぬ思いがあったのも事実だろう。
参院選の結果は、それぞれの心境に重大な変化をもたらすものとなった。そのことを見過ごすわけにはいかない。
*菅氏は小沢、鳩山両氏の「共通の敵」
 
本来ならば、同時辞任によって、民主党のマイナスイメージが払拭され、楽勝確実の選挙戦となるはずであった。それを菅首相の消費税をめぐる言動によって、選挙情勢がひっくり返されてしまった。
 
となると、そこから出てくる人間関係はどういうことになるか。小沢氏にしても鳩山氏にしても、菅首相に対して共通する「憤り」を抱いているはずだ。
 
政治の世界のことだから、そういう心境を公言したりはしない。政治家同士は必要あれば、腹の中とは違っても、オモテではニコニコと握手することができる人種である。
 
菅、小沢、鳩山3氏の微妙な意識変化が発展していくと、どういうことになるか。
小沢、鳩山両氏にとって、菅氏は「当面の共通の敵」となる。そこから、小沢、鳩山両氏の連携すら予想される事態が生ずる。 これが民主党代表選を舞台に展開される。
早い話が菅氏に対抗する「小沢・鳩山連合軍」の統一候補の擁立である。
民主党の代表選はこの党独特の仕組みで行われる。投票権を持っているのは、党所属の国会議員、地方議員、党員・サポーターである。
このうち、党員・サポーターというのは、党員6000円、サポーター2000円を払えば、18歳以上ならだれでもなれる。在日外国人もオーケーだ。 昨年段階で党員・サポーターは26万人ほどいるというが、今年分は未集計である。
*小沢氏は代表選で一戦を交える構え
この党員・サポーターが党代表選に参加できるのだ。つまり、政権を担当しているのだから、事実上の「首相公選」に1票を行使できるのである。
野党でいる間は、このシステムは話題にもならなかったが、政権党となれば、これでいいのかどうか、新たな問題ともなろう。
投票はポイント制で行われ、国会議員は1人2ポイント持つ。民主党国会議員は衆参412人だから824ポイント持つことになる。地方議員は全体で100ポイントを持ち、得票数に応じて各候補に配分される。
党員・サポーターは300ポイントだ。衆院小選挙区ごとに投票が行われ、1位になった候補がその小選挙区の1ポイントを獲得する。
全部で1224ポイントをめぐる争いが民主党の代表選である。過半数を得た候補がいなかった場合は、上位2人が国会議員だけの決選投票に臨むことになる。
小沢氏はこの代表選を舞台として、一戦を交える構えを固めている。自身が出るのか、代理格を出すのか、そのあたりは定かではない。
小沢系の議員は150人といわれており、鳩山系がまとまっていれば50人程度か。この双方が連携するとなると200人規模となり、全国会議員のほぼ半数を制することになる。
*3年間の大連立で懸案に一気に決着
 
民主党の「派閥」は自民党ほどはっきりしたものではないから所属人数もあいまいだが、民主党幹部は現在の党内事情から見て、親小沢系、反(非)小沢系、どっちつかずの模様眺め派で3分されるのではないかとしている。
 
代表選の結果、どういうことが起きるか。衆参ねじれは基本的変化がないのだから、仮に小沢氏系の新代表が誕生したとしても国会運営は至難の業だ。
 
そこで、公明党やみんなの党などとの連立話が浮上しているわけだが、党内でにわかにささやかれ始めたのが、小沢氏が最後の「剛腕」を発揮して、自民党などとの「大連立」に打って出る可能性だ。
 
3年後に衆院選と参院選がやってくる。この3年間を大連立期間に充てて、消費税、成長戦略、年金、医療、介護、集団的自衛権(普天間問題も含め)などの懸案に一気に決着をつけようという構想である。
 
自民党サイドもこれに乗ってくるのではないかと見られているのは、今回の参院選で必ずしも「勝った」とはいえないという前述したような事情があるためだ。
 
消費税増税に真っ向から反対しているのは、共産党と社民党ぐらいである。大連立構想にはもともとこの両党は含まれていない。
 
参院選の結果を踏まえた民主党代表選は、大連立への胎動を感じながら進行することになる。 小沢氏が2週間ほど「潜った」のは、そうしたシナリオへの準備のためであるとすれば、9月政局がすさまじい展開になるのは間違いない。
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