参議院議員選挙は与党民主党の大敗に終わった。「54+α」の議席獲得を目指しながら44議席に終わった結果を受けて、菅直人首相は12日未明に記者会見を行い、「あたしが消費税に触れたことが唐突な感じをもって国民に伝わった。事前の説明が不足していた」と敗因を分析した。
しかし、民主党の敗因は消費税だけではない。6割を超える国民は消費税率の引き上げは必要だと考えており、必ずしも反対ではない。国民が民主党離れを起こしたのは、政権奪取以来の10ヵ月間の政治に疑念を抱いたからだ。
民主党は政治資金に関してクリーンさを喧伝するが、代表も幹事長もクリーンではなかった。菅首相は情報公開を旨とするが、鳩山由紀夫、小沢一郎両氏の政治資金問題に蓋をし、説明責任を果たさなかった。菅首相はいま、「丁寧な国会運営を」というが、国会論戦を避けてV字回復した支持率をよいことに選挙に逃げ込もうとした。民主党は公約(マニフェスト)を破るためにあるかの如く扱い、去年の公約への数々の違反も説明せず、いきなり、新公約集を掲げた。民主党の財源なきバラまき政策や情緒的な対米外交による日米関係の冷え込みは国民に先行不安感を抱かせた。
国民は、民主党が実践した政治の姿、彼らが目指す日本と日本人の姿、国の形をこそ訝り始めたのだ。菅氏も鳩山氏も、家族や社会、そして国の基本やその形などについて、社会主義的な理想像を示唆したが、現実に行ったことは眼前の個々の政策での迷走ばかりだった。
ここで私たちは思い出したいものだ。政治家や政党にとって欠いてはならない国家観を欠いているのは、鳩山、菅両氏だけではなく、民主党そのものだということを。民主党には党の綱領さえないのである。どのような価値観を大切に守っていくのか。次の世代のためにどのような社会や国を作っていくのか。さらなる次の世代のためにどのような未来を目指すのか。つまり、大事な事柄になればなるほど、党内の意見はまとまらず、党綱領を作れずにいるのが民主党である。
行き当たりバッタリが常態
目指す大目標がないために、政策毎の行き当たりバッタリが常態となる。迷走も暴走も、明白な理由があっての結果なのだ。そのような民主党政権への不安が、今回の選挙結果となったと考えてよいだろう。
だが、自民党も喜んでいる場合ではない。今回の選挙は自民党の勝利でもないからだ。たしかに29の1人区で自民党は21勝を挙げた。改選議席51を取り、44議席の民主党を突き放した。1人区における善戦は、民主党への失望が自民党支持に集約された面が強い。長年の自民党政治を振り返れば、為すべきことを為していないのが自民党である。その意味で、自民党は政党としての存在意義を喪失したとさえ思える。それでもここ10ヵ月の並外れた暴走や迷走を繰り返した民主党よりはましかもしれないという一種の安心感を有権者に抱かせた。こうした要因が、議員個人と有権者のつながりによって増幅され、1人区での圧勝となったと思われる。
しかし、比例得票が1,400万票にとどまったように、自民党への信頼は全く回復していない。自民党の比例得票は今回も民主党のそれよりかなり少なかった。ちなみに民主党は04年と07年の参院選比例で各々2,110万票と2,330万票を取った。今回民主党は500万票近く減らしたが、自民党も同様に前回、前々回よりも減らしている。
自民党は04年に1,680万票、07年に1,650万票を取り、今回は1,400万票だった。3年間隔の選挙の度に、200万票強の支持を失い続けており、党勢凋落に歯止めはかかっていない。民主党離れは進んだが、自民党離れも進んだのだ。そして自民党執行部の発言を聞く限り、枝葉にとどまるその発想や価値観では、政党としての信頼を取り戻す次元からは程遠いと思えてならない。
今回の選挙の特徴のひとつは保守系の小政党が乱立したことだ。彼らがまとまることが出来ていれば、彼らの得た票はより多くの議席獲得につながり、民主党はさらに議席を減らした可能性がある。
そうした中で、自民、民主の空白部分を吸収し、790万票をとったのがみんなの党だ。みんなの党は政界再編を促すというが、彼らにその力があるとは思えない。公務員制度改革に集中する彼らが外交、安全保障、教育、家族のあり方などについて定まった価値観を共有しているとは思えないからだ。価値観の軸を持たない政党は政界再編の推進力にはなれないであろう。
不安定な政治からの脱却
菅首相は「個々のテーマでは他党にも共通テーマがある」「丁寧な国会運営の中で合意出来るものは実現を図っていきたい」と述べた。
果敢な判断と対処が必要な課題をざっと挙げてみる。普天間飛行場移設問題から始まる日米同盟の行方、目に見えて増大する中国の脅威、深まる台湾の危機、暴発の可能性が現実化しつつある北朝鮮、黄色信号が点滅する来年度予算の編成、一部民主党勢力が今も強い拘りを見せる外国人参政権、夫婦・親子別姓を筆頭とする民法改正、実現すれば真の意味で人権を害する人権擁護法案等々である。
これらの問題は皆、日本をどのような国にしたいのか、どのような社会を創りたいのかという根源的な価値観にかかわる。
だからこそ、菅民主党が政策毎に、他党との連携に踏み出すか、或いは新たな連立に踏み出すかするとき、どの方向を目指してどの党と組むのかが重要になる。国民新党か、みんなの党か公明党か。
政治が個々の案件処理と同時に、国の未来像を描き、大きな国家目標に向けての道筋をつけていく役割を担っている限り、価値観に関するこの問いは大切にしなければならない。
右の3つの政党の価値観はバラバラである。また、前述したように民主党には党綱領さえない。自分たちの目指す大目標さえわかっていない政党が、数合わせのためだけに節操もない連携や連立を繰り返すのでは、エンジンのない船が風や波に流されるように、日本は漂流するしかない。理念なき連携と連立、結果としての漂流は日本衰亡へとつながる。
参院選の終わったいま、政治が目指すべきことは、この不安定な政治からの脱却である。日本の大目標を思い描くことの出来る人々が集まり、政権を担う気概を示すときだ。正体不明の民主党や、存在意義を失った自民党の枠を越えて、確かな価値観に基づいた国作りのための政治勢力を結集するのがよい。次の衆議院議員選挙を政界再編の第一歩とすべく、準備を始めるときだ。(週刊新潮)
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