5992 マスコミは〈小沢もの〉に走りすぎる 岩見隆夫

本誌先週号の表紙には、〈小沢一郎「代表選出馬」〉と大書されていた。まさか、と思って記事を読むと、小沢一郎前民主党幹事長本人が、九月に予定されている代表選に「出る」と口に出して宣言したわけではない。小沢さんの側近や周辺が、ぜひとも名乗りを上げ、勝って首相に就任してほしい、と望んでいるという話である。
それならわかる。しかし、「出馬」と断定的な見出しをつけるからには、編集部が出馬確定的と判断したのか、それとも、出るか出ないかはわからないが、小沢さんの出馬問題がこれからの政局の焦点になりそうだ、という程度のことなのか。
私は小沢さんの出馬はないとみている。本人や側近から聞いたのではない。常識論である。小沢さんが昨年五月、代表を辞め、この六月、幹事長を辞めたのはいずれも小沢さんをめぐる〈政治とカネ〉の疑惑で世間の批判が高じ、選挙の票が減るのを恐れたからだった。
幹事長辞任のあとの世論調査では、なんと九割が〈よかった〉と回答している。疑惑の人物が政権与党の中枢から去ったことに、ほとんど全国民が安堵したのだ。そんな人物が三カ月後に代表選に出馬し、首相になったとしても、一日ももたない。国民を敵に回すようなものだから。
小沢待望論者の一人である作家の塩野七生さんは、カネ疑惑について、
「そもそも古今東西、ほとんどの政治家は、多かれ少なかれ汚れているものです。マキアヴェッリも、政治家は個人的野心を抱いてはならない、とは一言も言っていません。それどころか、『個人的野心はあったほうがいい』とさえ述べている」(月刊誌『Voice』五月号のインタビュー)
と語っている。このインタビュー記事の見出しは、〈悪をもって悪を制す小沢一郎氏に強大な権限を与えよ〉だ。多かれ少なかれ、とはどの程度の汚れをいうのか。田中角栄論がにぎやかだったころも、
「少しぐらい悪いこと(たとえば政治力による蓄財)をしても、大きな良いことをすれば、それでよい。悪いことも良いこともしないのが最低だ」
という金権に肯定的な主張があった。これまた、少しぐらい、とはどのくらいなのか。法に触れてもいいということなら、法治国家では通用しない。
確かに悪事にたけた政治家はエネルギッシュという傾向はある。だが、それをひっくるめて認めてしまうと社会は確実に濁る。小沢さんの政治資金規正法違反容疑は、嫌疑不十分・不起訴になったが、検察審査会の議決は〈起訴相当〉と〈不起訴不当〉で、今後刑事被告人になる恐れを残している。つまり、疑惑の濃い人物なのだ。
◇毒素とパワー魅力だが 政治が混乱、自制が必要
だから、私は小沢出馬などありえないと確信している。ただ、策士の小沢さんは自分を〈注目の人〉に仕立てあげるのが実にうまい。昨年の衆院選の際も、東京十二区から落下傘で立候補しそうなことをほのめかし、最後までマスコミを引っぱりながら、結局肩すかしを食らわせた。今回も行方をくらませたり、菅直人首相の面会要請に応じなかったり、注意を引くための芸が細かい。しかし、それは今後の政局展開のなかで、何かを狙ってのことであっても、出馬への布石ではないだろう。
ところで、昨年の代表辞任の時、小沢さんは、
「私は何らやましいことはない。しかし、私のことでマスコミが騒ぎ、それが党に迷惑をかけるので身を引く」という趣旨のことを述べた。
マスコミ公害論である。騒ぐきっかけは小沢さんが作り、納得できる説明がないから、マスコミは騒ぎ続けるのだ。公害というなら、発生源は小沢さんにある。だれもそんな釈明は認めていない。
だが、それにしても、マスコミは小沢さんのことを誇大に書きすぎる。特に週刊誌は、〈小沢もの〉が載らない週がないほどだ。先週も、本誌だけでなく、各誌の見出しをみると、
▽代表選には小沢さん自身が出るしかない!(『週刊朝日』)
▽小沢一郎の罪 私がかぶった!(『週刊文春』)
▽八丈島の海釣り中止を強いられた「小沢一郎」の不愉快千万(『週刊新潮』)
▽「菅退陣」小沢の考え(『週刊現代』)
▽小沢一郎怒りの肉声入手(『週刊ポスト』)
といった調子だ。新聞各紙にも、
〈小沢の次の一手〉といった見出しがしょっちゅう出てくる。小沢さんを俎上にあげるのは構わない。しかし、これだけ〈小沢もの〉がマスコミに氾濫すると、日本の運命はこの人次第で決まってしまうような、へんな空気が醸成されていく。それは危なっかしいことで、実態とも違う。いまの小沢さんにそんなパワーはない。
かつて、田中角栄さんが首相になったころ(七二年)からロッキード事件(七六年)のあともしばらく、〈角栄もの〉がマスコミを席巻したことがあった。
「〈角栄もの〉さえやっておれば確実に売れる」と雑誌の編集者が言うのを聞いたこともある。こうしたマスコミの寵児現象を生んだのは、田中さんについで小沢さんが戦後二人目だ。二人は異質な政治家だが、共通しているのは、ともに拝金主義者で、腕力があり、毒のにおいを漂わせる実力者である。
マスコミの読者、視聴者は、その毒素とパワーに吸い寄せられる。怪奇ものがうけるのとどこか似ているのかもしれない。わからないではない。
ただ、いまの政界は常識はずれのことが起きることも忘れてはならない。マスコミがこの調子であおりたて、万一〈小沢首相〉が誕生した時の日本を想像すると、耐えがたいものがある。
マスコミには〈ほどほど〉が求められる、と私は思う。過剰、過激な小沢報道は、政治を混乱させる。自制が必要だ。(サンデー毎日) 
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