6034 中国のスパイ活動の実態は  古森義久

アメリカではロシアのスパイ10人が突然、逮捕され、国内に衝撃波を広げました。ロシア政府による対米スパイ活動というのは、もうソ連共産党体制の崩壊とともに、終わってというような認識が一般レベルでは強かったためです。
ところがソ連共産党が崩壊し、アメリカとの対決が終わり、ロシアも一応の民主主義体制となってから10年ほどが過ぎてもなお、ロシアはアメリカに対する大規模なスパイ活動をひそかに続けていた、というのです。
各国が表面ではいかに協調の姿勢をみせても、背後ではたがいにスパイや謀略の活動を続ける。これは世界の厳しい現実だといえます。
そんな現実といえば、アメリカが脅威を感じているのは中国のスパイ活動です。アメリカにとっては実はロシアよりも、他のどの国よりも、いまは中国のスパイ活動が懸念の対象なのです。そのへんの現状を雑誌『SAPIO』の最新号に書きました。
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アメリカのFBI(連邦捜査局)がロシアのスパイ十人を逮捕したという報をワシントンで最初に聞いたときは、文字どおり時計の針が大きく逆転した思いだった。
この種のスパイ合戦はソ連共産党体制がまだ機能していた東西冷戦の産物だと思っていたからだ。いま米露両国はむしろ協調関係にある。国家同士のイデオロギーの対決もない。
「ロシアがアメリカをスパイするなんて、オバマ大統領はロシア側が望む自国の秘密はなんでも提供しているのだから、そんな必要はないだろう」オバマ政権を日ごろ批判する保守派の論客ラッシュ・リムボウは冗談まじりにこんなコメントをしたほどだった。
アメリカ一般でもそれほど、ロシアの対米スパイ活動を過去の遺物とみなす風潮となっていたのだ。
しかしロシアの対米スパイたちは実在した。
FBIはロシアの連邦対外情報局(SVR)からアメリカに送りこまれて、スパイ活動をする秘密の命令を受けていたという容疑で十人の男女を逮捕したのだ。
長年、じっと潜伏し、いざという時に本国の命を受けてスパイや破壊の行動をとるスリーパーたちだった。
SVRはスリーパーたちには、「アメリカ政府の防衛関係の高官やシンクタンクの研究員と親しくなり、情報を取る」「地元の民主党や共和党の組織に入り、コネを築く」「活動の究極の目的はすべて祖国ロシアの安全保障に役立つことにある」などという指示を暗号により多様な方法で送っていた。FBIはそれら秘密メッセージを証拠として示し、工作員たちもロシアとのきずなを認めたのだった。
オバマ政権は逮捕した十人をロシア当局が拘束する米側のスパイ四人と交換をする方針を早々に発表した。そして七月九日にはオーストリアのウィーンで実際に交換をすませた。異様なスピードである。
この結果、スリーパーたちが実際にどんな活動や工作を実行したのかは不明のままとなってしまった。
共和党側ではオバマ政権に対し「この交換はあまりに早急であり、ロシアの対米スパイ活動を一般に知らせないようにする政治意図を感じさせる」(ピーター・ホクストラ下院情報委員会メンバー)という批判も出た。
いずれにしても、ここで明示されたのはロシアとアメリカが東西冷戦の終結から二十年ほどが過ぎてもなお、スパイ活動をたがいに続けている事実である。主権国家相互間の冷徹な現実だといえよう。
しかしアメリカがロシア以上に深刻に懸念するのは中国によるスパイ活動である。
中国当局が人間のスパイを使い、あるいは米側のコンピューター・ネットワークに侵入するサイバー攻撃によって、軍事の戦略や技術、さらには民間の経済や金融の情報を盗むという行為に対し米側の政府も議会も実際の抗議の声を終始、あげている。
司法当局が中国のスパイ活動を当事者の逮捕や起訴という形で検挙することも多い。この頻度ではロシアの例とは比較にならない。
オバマ政権が誕生した二〇〇九年一月から一年たらずの期間にアメリカ側で表面に出た中国関連のスパイ事件は少なくとも九件あった。
安全保障関連の課題を専門に調査、研究する米国の民間機関「メディアス・リサーチ」がこの七月に公表した中国の対米スパイ活動についての報告は以下のような事例を記していた。
▽二〇〇九年一月、米軍の戦車に使われた対中輸出禁止の電子部品を違法に中国側に提供しようとした人物が逮捕された。
▽同年三月、小型無人航空機の部品を違法に中国に売ろうとした夫婦と企業が摘発された。
▽同年四月、軍事転用の可能な排気管理、水質浄化のソフトウェアを米側の環境情報企業から盗んで、中国に売ろうとした元社員が逮捕された。
▽同年五月、ミサイルの照準システムに使う軍事電子部品を中国に提供しようとした企業代表が懲役五年の刑を宣告された。
▽同年五月、中国の軍事力に関する米国防総省の秘密書類を中国情報機関に提供しようとした元同省職員が検挙された(二〇一〇年一月に懲役三年の刑を宣告された)
▽二〇〇九年六月、軍事用途のある赤外線熱イメージング・カメラを中国に違法に提供する意図で購入した人物が検挙された。
▽同年七月、軍事通信の暗号化技術を中国に違法に売った人物が検挙された。
▽同年八月、軍事レーダー・システム用の集積回路(IC)四百基を中国に売った人物が懲役三年半の刑を宣告された。
▽同年十月、兵器用部品と電子機器を違法に中国に売った人物と二企業が検挙された。
わずか十カ月ほどの間に公表された事件だけでも、これほどなのである。しかもこれらの事例はみな目にみえる具体的な軍事の技術や装備の違法取得なのだ。
目にみえにくいアメリカの政府や軍の重要情報や戦略を得ようとする中国側のスパイ活動は同様に活発だとみてよいだろう。
米側ではFBIなどの司法当局も、行政府も議会も、中国のこの種の活動には警戒を深め、水面下でその防止や摘発に努めている。二〇〇九年全体を通じて米側の司法当局が捜査に着手した中国がらみのスパイ容疑事件はなんと四百件を越えたという。(つづく)
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