雑誌『SAPIO』最新号に書いた私の中国のスパイ活動についてのレポートの続きを紹介します。アメリカ側でみる中国の対米スパイ活動の実態は米中両国が一体となって世界を仕切るという「G2論」はまったくの幻想にすぎない、という現実を立証しているようです。
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だが最も表立ってこの中国のスパイ活動に警鐘を鳴らしているのは議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」だといえよう。
二〇〇九年にも何回も公聴会を開き、中国の人間スパイ活動とサイバー攻撃のスパイ活動の両方について、議会や政府の代表をも含む専門家たちの詳しい証言を聞いている。
同委員会の公聴会ではFBIの防諜部門のデービッド・サディ次長は「中国は現在、アメリカにとって最大のスパイの脅威を突きつけている」と述べた。
国家情報会議の防諜部門の専門官ジョエル・ブレナーは「アメリカを標的として活動する合計百四十カ国ほどの情報機関のなかでも中国の機関が最も積極果敢だ」と明言した。
FBIのロバート・ミューラー長官は「中国は自国の軍事能力を飛躍的に強化するためだけでなく、国家の経済力をも強めるために、アメリカの秘密を盗み続けている」と警告した。
米中経済安保調査委員会では二〇〇九年度の年次報告で中国の対米スパイ活動について詳述している。
同報告によると、中国側でその種の活動を実行する機関は、国家安全部だけでなく共産党の対外連絡部や統一戦線工作部、社会科学院所属の各研究所、さらには人民解放軍の総参謀部の第二部(軍事諜報)、同第三部(通信諜報)、第四部(サイバー戦争)までが含まれる。
また国有企業が加わることもあるという。
なにしろ共産党の独裁国家だから、欧米諸国のようにスパイ活動を含む諜報、情報の機関の活動を議会などがチェックするという構造ではないのだ。
同委員会の報告によれば、中国は軍事や経済の技術でアメリカに大幅な遅れをとっているため、大量の工作員を投入して、とにかく得られる情報はなんでも得るという投網方式のスパイ作戦をとってきた。
工作員や協力者の獲得にはまず中国系の人物を優先し、「中国のため」とか「中華民族のため」あるいは「中国内にいる家族や親類のため」という説得方法が伝統なのだという。
そうした実例では以下の主要ケースがあった。
▽中国生まれでアメリカに移住して米国籍を得た技師のチ・マクは米海軍の軍艦の電気推進高度技術を盗んで中国側に提供した罪で二〇〇八年三月に懲役二十四年の刑を受けた。
▽台湾生まれで米国籍のタイ・シェン・クオと中国籍で米国永住権を持つユー・シン・カンは共謀して米台兵器売買の秘密情報などを中国に流した罪で二〇〇八年八月、懲役十五年の刑などを宣告された。
▽中国系米人のグレグ・チュンは米軍のB1爆撃機の秘密情報などを中国に流した罪などで二〇〇九年七月に起訴された。
もっと以前の二〇〇四年には、カトリナ・リウ(中国名・陳文英)という中国側の女性スパイが米側の対中工作員になりすまし、FBIの担当官二人と性的関係を結んで、米側の機密を北京に流すという複雑な二重スパイ事件も表面に出た。 (カトリナ・リウ)
このほかにアメリカ側では中国が人民解放軍を動員してのサイバー攻撃によるスパイ活動を強めていると抗議している。
米側の官民のコンピューター・システムに侵入し、情報を奪う活動である。その実態については前述の米中経済安保調査委員会の二〇〇九年度報告が長文の一章をあてて詳述している。
同年九月にはオバマ大統領自身「わが国が直面する安保上の最大のチャレンジの一つはサイバー攻撃である」と宣言した。
同時に前述の国家情報会議のジョエル・ブレナー氏が「中国こそがアメリカを標的とするサイバー攻撃の最大の発信国だ」と明言した。
すでに標的となった機関としては、米陸軍情報システム工兵司令部、海軍海洋システム・センター、ミサイル防衛局などがあげられ、米空軍新鋭戦闘機F35の電子システムの機密が中国のサイバー攻撃で奪われたことが報告された。
アメリカ議会で中国の人権弾圧を批判してきたフランク・ウルフ、クリス・スミス両下院議員もともに議員事務所のパソコンにサイバー攻撃をかけられ、中国の民主活動家などに関する秘密の情報を盗まれたと発表している。
こうした動きに合わせて、昨年から今年にかけて米側の諸機関に仕かけられた数千件ともみられるサイバー攻撃の大部分は中国の人民解放軍が「犯人」だとする調査報告がこの七月、前記の米側民間機関「メディアス・リサーチ」から公表された。
この報告は米側への「単一で最大のサイバー攻撃発信源は海南島に拠点をおく中国軍の『陸水』信号部隊(隊員計約千百人)だ」と断定していた。
中国がアメリカとの経済面での協調姿勢にもかかわらず、この種のスパイ活動を激化させるのはやはり超大国のアメリカに追いつき、追い越そうという新興国家としての野望からだといえよう。
その背後にはなお共産主義の一党独裁というアメリカとは決して相容れない政治体制の違いがある。
ワシントンではこうした米中関係の厳しい現実を踏まえて、一部に出た「米中二極G2論」に対しては、「幻想にすぎない」(エリザベス・エコノミー外交評議会アジア部長)という見解が大勢である。(終わり)
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6058 中国の対米スパイ活動がG2幻想を証する 古森義久

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