菅直人首相(63)の表情がいやにきつくなっている。テレビで見ても快調だったころの笑顔が消え、眉間(みけん)のしわ、目のくぼみが目立つ。
>■新たな賠償請求の恐れ
参院選で大敗したにもかかわらず「続投」を宣言、9月代表選で再選を目指すことのプレッシャーがいよいよ厳しくのしかかっているということか。
長い間、政治の世界を見てきたが、参院選で44議席しか獲得できなかった首相が退陣しなかったという前例を知らない。橋本龍太郎首相(1937~2006年)もちょうど同じ44議席で退陣に追い込まれた。
それでも世論調査で菅政権継続への支持が強いのは、ころころと首相が代わることは国際的にも望ましくないという国民心理からか。
それにしても分からないのは、日韓併合100年の「首相談話」を出すことに、なぜあれほどの無理をしたのかということだ。仙谷由人官房長官(64)が強硬に主張してきた内容だが、これによって、左翼政権の雰囲気が一段と確定してしまった。菅氏も仙谷氏ももともとは左翼陣営の出身である。
「痛切な反省と心からのおわび」は1995年の村山談話を踏襲したもの、と菅首相は軽く考えているようだが、村山談話が許容されたのは、自民党が政権復帰のために社会党委員長だった村山富市氏(86)を担ぐという禁じ手を使ったことが背景にある。それもいきなり閣議に出され、ほとんどの閣僚は内容をよく知らないまま通してしまった。
政治的には、あれは村山氏の個人的見解として棚上げにしていくのが賢明な対応策といえるのだが、「日韓談話」によって、再び光が当てられてしまった。外交政策上も今回の談話は愚策という以外にないし、菅首相にとっては、消費税問題に続いて、その統治能力(ガバナビリティー)そのものが問われる局面だ。
日韓関係では1965年の日韓基本条約で互いの請求権を放棄(実は日本側が韓国に投資したり、残してきたもののほうがはるかに多額といわれる)、日本側が韓国の国家予算の倍以上の資金供与・融資を行った。これが漢江の奇跡といわれる高度成長の原資になった。
それをこの段階でまた自虐的に謝罪してしまったら、新たな賠償請求などが出かねない。ほかのアジア諸国に影響を与えるおそれもある。
■代表選への攻撃材料
100年前のことをいまだに謝罪し続けている国など、世界中に日本だけだ。国際社会から見て、またまた日本の異質性が浮き彫りにされることになった。「相手がよろこんでくれるのなら」といった安易な考えで外交をやられたら困るのだ。外交というのは片手で握手しながら、足で蹴(け)りあげるといったイメージが本質である。
なぜ、こういう噴飯ものの談話を出したのか。おそらくは9月代表選での再選がきわめて困難な情勢となり、政権崩壊の前に何か歴史に名を残すものをとあせったのではないか。そうとでも考えないと理解不能である。となれば、今回の談話は菅政権の末期症状の象徴という見方も可能になる。
党側との事前の調整はほとんどなかった。このことが代表選に向けて「反菅」勢力にとっての攻撃材料となる可能性は大いにある。
「反菅」姿勢を強めている小沢一郎前幹事長(68)が「親韓派」だから大丈夫と思っていたら、ちょっと間違えることになりそうだ。小沢氏というのは、これまでの政治行動を見ても分かる通り、政局優先となったら、それまでの理念や政治姿勢などいとも簡単に飛び越えてしまうのだ。
国会議員のほか、地方議員、党員・サポーターに投票権がある代表選の仕組みからしても、小沢系が候補を一本化すれば他候補を圧倒するという観測もある。小沢氏自身の出馬もあり得ないことではない。
<<「日韓談話」に政権崩壊の兆し>>
◆噴飯ものの閣議決定
日韓併合100年で閣議決定された「菅首相談話」は、さまざまな意味で噴飯ものといっていい。9月代表選挙での「再選」が厳しくなった菅直人首相がせめて歴史に名を残そうと強引に押し切ったという見方も可能で、筆者などは菅政権崩壊への序章を象徴する事態と受け止めた。1995年の村山談話を踏襲し、「痛切な反省と心からのおわび」を表明することで、今後の両国関係の良好な発展を目指したというわけだ。
だが、村山談話が打ち出されたのは社会党委員長だった村山富市氏を自民党が政権復帰のために担ぐという奇策を演じたことが背景にあったもので、政治的には村山氏個人の見解として位置付けていくのが賢明な対応といえる。
◆中国など他のアジア諸国へ影響も
それをここでまた踏襲してしまう愚をおかしたのは、外交政策上も好ましくないとして外務省内にも異論が出ている。日韓関係は65年の日韓基本条約で日本が多額の資金供与を行い、互いの請求権を放棄することで決着しているが、ここで改めて謝罪してしまったら、新たな賠償要求が噴出しかねない。
ほかのアジア諸国にも影響を与えかねない。既に中国国内では「首相談話」を受け、「韓国だけではない。中国や東南アジア諸国も苦しめられた」との厳しい論調が出ている。だいたいが、1世紀前のことを謝罪し続けている国など世界中にひとつもない。もともと左翼陣営にいた菅首相が「自虐・謝罪体質」から抜け切れていないことを裏付けたといっていい。少なくもその統治能力(ガバナビリティー)への疑問は一段と高まった。
◆どう動く小沢氏―党側との調整なし
「反菅」姿勢を強めている小沢一郎前幹事長が親韓派であることから、党側の反発は抑えられると踏んだのだろうが、小沢氏は必要があればこれまでの理念や政治姿勢とは切り離して政局優先で臨むことが多い。党側との調整がいっさいなかったことなども含め、代表選に向けての党内攻防で「菅支持勢力」への攻撃材料として使われる可能性もある。
代表選は国会議員、地方議員、党員・サポーターに投票権があるが、「小沢系」が一本化すれば圧倒するという見方もある。小沢氏自身の出馬も取りざたされており、菅首相は消費税問題に続いて自ら首を絞めることになった、ともいえそうだ。
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6076 「日韓談話」に示された政権末期症状 花岡信昭

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