6186 アメリカでの日本沈没――日米関係を読む(1) 古森義久

最近の日米関係はどうなっているのか。アメリカでの日本はどのような位置づけなのか。最近、東京の「日本工業倶楽部」に招かれ、日米関係について 講演しました。
最初はまずアメリカにおいて「日本」の存在や比重がすっかり低下して、「沈没」と呼ぶべき状態となっているという状況についてです。
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日本工業倶楽部第五四六回産業講演会講演要旨「どうなるのか、日米関係の行方――ワシントンからの報告」
「日米関係は世界で最も主要な二国間関係」
私は日米関係についてはこれまで長い間論じ、書くという作業を続けてきました。しかし最近はどうもその作業を行うに当たって前向きな興奮を覚えない、やや大袈裟に言えば憂鬱な思いも感じるような状況になっているというのが今の率直な気持ちです。
それは日米関係がどうも日本にとって好ましくない方向へ動いているような実感があるからです。とは言え本日はそういう状況であるからこそ、どう対応すべきかということを考えていくために、ワシントンに於ける対日動向について日本の多くの方にお知らせしたいと思っています。
アメリカが日本にとって超重要な国であるということは異論がないと思います。アメリカが好きにせよ嫌いにせよ、アメリカが日本に与える影響力も、アメリカを考えざるを得ない日本の立場も、また議論の余地がないと思います。
アメリカは今の世界で唯一のスーパーパワーであり、日本にとっての唯一の同盟国、最大級の貿易パートナー、投資相手であり、金と物が、需要と供給が自由な原理に基づいて動くという市場経済のシステム、あるいは共通の価値観を日本とアメリカではシェアしていると言えると思います。文化面を見れば、これまたアメリカの影響は非常に強くて、映画やテレビドラマを挙げるまでもありません。また野球のメジャーリーグなどで活躍する日本選手の姿を見るにつけ、スポーツ文化の面でのアメリカの影響が非常に強いことを実感します。
その反面、逆に日本の食文化などもかなりアメリカに広まっています。例えば日本のラーメン屋さんが今マンハッタンで大繁盛している。ある店ではわざと予約を取らないでお客に一時間半ぐらい待たせる。その間にお酒を出し、いろいろ料理を出して、その後ラーメンを出す。
客は時間にして一時間半、一人単価大体五〇ドル分ぐらい使うそうで、聞いたところでは、一カ月の売上が五十万ドル、約五千万円近くまであるそうです。日本の食文化の一つである日本のめん類のおいしさが、アメリカ側でもやっと理解されてきたかなあということを感じております。
さて、アメリカの歴代政権下において日本との関係が長年にわたって構築されてきました。特に民主党のカーター大統領から共和党のレーガン大統領まで、政治的に右から左まで幅広いリーダーたちによって、日本というのはアメリカにとって重要な国であることが政策面できちっと認識されてきたように思います。当時、十年間も日本駐在大使を務めたマンスフィールド氏が述べた、「日米関係というのは世界で最も重要な二国間関係だ」という言葉がよくその日本の重要性の認識の象徴となっていたわけです。
市民生活レベルで続く日本の地盤沈下
ところが、日本との関係を非常に重視したレーガン大統領が退場して、二十年余り経った今日のオバマ政権下で、日本の地盤が非常に沈下している。その状態は「沈没」という言葉を使ってもそれほど誇張ではないでしょう。とにかく日本のプレゼンス、あるいは日本への前向きな言及が、政治家とかジャーナリストの間で目に見えて減ってきています。
そういう全体として日本の地盤沈下は、例えば私自身がずっと住んでいる首都ワシントンの日本人コミュニティが明らかに縮小していることにも伺うことができます。最近、三十年も営業していた日本食料品店が二つ相次いで閉店し、代わって韓国系のスーパーマーケットが巨大店を立ち上げ韓国、アジアの食品はもちろん、日本の食品までも安い値段で売っています。そういう中で、前から言われていることですが、日本企業の駐在員の人たちも少なくなってきています。
日米関係の現状を示しているいくつかのバロメーターを挙げますと、日本人のアメリカへの留学生の数がどんどん減っていることがその一つです。一九九〇年代において二年制大学以上の日本人留学生は大体四万~五万人という数でした。四年制大学、大学院、博士課程まで含めると、当時は世界各国の中で圧倒的にずっと一位でした。それが今は二万人台になって第五位、トップは中国で、以下韓国、インドとなっています。
それからアメリカの大学の日本研究講座も減っている。十年ほど前は全米三千六百の大学あるいは大学院の中で日本について教える講座を持つ学校は二百四十七校ありました。それが二〇〇五年には百八十四になり、二〇〇九年は百校ぐらいになってしまいました。一方、中国ですが、政府の肝いりで孔子学院という外国で中国語を教えることを主眼とした組織がお金をふんだんに使って、個別のアメリカの大学の中にまで事務所を設け、「中国研究」、「中国語学科」の講座をどんどんどんどん増やす活動を続けております。
学界・国政の場でも同様
さらに気になる傾向は日本人の留学生で博士課程に進む人、それからアメリカの大学で教える人が非常に少なくなってきたことです。特に社会科学でその傾向が強い。
アメリカで修士、博士課程を終えて、地元の大学に教員として就職して六年ぐらい在職しますと終身在職権(英語で言うテニアー)を得ることができます。アメリカではこのテニアーを得た教員は立派な正教授、準教授として認められるのですが、これになる日本人は最近は非常に少なくなっています。その一方、中国人が急速に増えています。
そういう中国人たちは単に中国について教えるだけではありません。日本についても教えているのです。そうした中国人教授の下で学んでいる学生の中には日本からの留学生もいる。ワシントンにあるジョージワシントン大学で日本の歴史を教える教授は中国人です。、アメリカン大学で日本の政治を教えている正教授も中国人です。しかもこの二人の中国人先生は今の中国政府との絆を明らかに持っている人たちです。従って今の中国政府が言っているような日本の歴史、日本の政治についての教え方をしています。
つい最近まではアメリカの学界で活躍する中国の人というのは、殆どが天安門事件で迫害されてアメリカに亡命してきた優秀な民主主義活動家で占められていました。この人たちの考え方は中国共産党のテーゼとは違いますから、教える内容もいわゆる西側に近いものでした。しかし今日の主流派の先生は皆中国当局と何らかの形の絆を持っている人たちで占められているという感じがします。
アメリカの国政の場でも日本の存在は縮小した感じが否めません。議会の上下両院で日本についての公聴会が開かれても、出席する議員の数がとても少ない。トヨタ自動車のケースは別でしたけれども。一般に普天間問題のような緊急のケースでは、例えば下院外交委員会のアジア太平洋環境小委員会という小委員会が主催して公聴会が開かれます。小委員会のメンバーは二十人ぐらいいるのですけれども。
日本についての公聴会に必ず出席する委員は議長を務めるエニ・ファレオマバエガ議員ぐらいなのです。この人はアメリカ領サモアの出身です。サモアというのは選挙民の数が少ないために下院本会議での投票権を与えられていません。だから同氏は厳密には代議員なのです。しかも日米関係あるいは日本についての知識も少ないとしか思えない。
上院外交委員会のアジア太平洋問題を担当する小委員長はジェームス・ウェブというレーガン政権の海軍長官を務めた人です(その後民主党に転向)。この方もオバマ政権でも非常に強い影響力を持つ人物ですけれども、日本専門家ではありません。そんな人がアメリカ議会を代表して日本のあり方について仕切っていくのを見ると、私はどうしても日本の沈没を感じるのです。(つづく)
杜父魚文庫

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