日本工業倶楽部での古森義久の講演のつづきです。オバマ大統領の最近の人気の低下を説明しています。
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オバマ政権の実像――軍事嫌い
そもそもオバマ政権自体が日本重視ではありません。普天間問題という言わばハプニングが出てきたことによって、「これは大変だ」という反応からいろいろ発言が出てきました。そのために日本重視の考え方をする政権だというような感じがするけれども、本来はそれほどではない。
オバマ大統領は民主党リベラル派、それも上院議員百人の中で最もリベラルと評された人です。上院議員の時はとにかく軍事問題が嫌い、軍事問題を忌避する、ミサイル防衛にも一貫して反対してきています。
同盟というのは日米でも英米でも米韓でも基本は軍事です。日本側では軍事という言葉は使いませんけれども、客観的にみれば、軍事の同盟です。しかも日米同盟では日米共同ミサイル防衛が非常に大きな柱になっています。
オバマさんは国際問題を考える時に二国間の絆というよりも多国間の話合いを好む。政治問題であれば国連、経済問題であれば例えばAPEC(アジア太平洋経済協力会議)というアプローチをする人です。しかし日米同盟というのは当然ながら、二国間の絆なです。だから本来、対日関係を重視はしないのです。
さらにオバマ政権は労働組合に非常に強力に支援をされている。従って簡単に言えば労働組合員の職を守るという見地から保護貿易に走る傾向がどうしてもある。オバマ政権の対日経済関係に対する姿勢では、お互いが得をする互恵という原則よりも自国の雇用を優先する傾向があります。
オバマ政権の軍事嫌いということは、大統領に就任してから二カ月後の二〇〇九年三月、北朝鮮が一連の弾道ミサイルを発射した時の対応を見ればよく分かります。この時にゲーツ国防長官(ブッシュ政権時代からの留任)は、「もし北朝鮮がミサイルを発射してきても、(ハワイを含めて)アメリカの本土に向かって来ない限りはアメリカ側は迎撃のためのミサイル防衛を機能させる意図はない」ということを述べました。
これは日本にとって非常にショッキングなことでした。というのは、「日本に攻撃が加えられそうになればアメリカが守るというのが日米同盟のエッセンス」であるにもかかわらず、日本にミサイルが向かっても、アメリカ本土に危険がなければ、対抗策はとらない、という意味の発言だったからです。
同盟の基本が機能しないのではないか、と日本側関係者の間では受け取められたのです。この辺もやはりオバマ政権全体が武力を使う、ミサイル防衛という概念を好きではないという傾向があることを表しているような気がするわけです。
アメリカ独自の価値観にとらわれない
オバマ大統領は軍事嫌いに加えてアメリカ独自の価値観を対外的に強調する、広めることがあまり好きではありません。この傾向も結果として日米同盟を希薄にしています。日米同盟の基本は軍事と申しましたが、単に軍事の結びつきだけではありません。
共通の価値観を持って、場合によっては二つの国が運命共同体的となる関係であります。ところがオバマさんは逆にアメリカの歴代の大統領の外交政策の根拠となる普遍的な価値観を広めることに背を向けているようなところがあります。
アメリカではご存知のように古くはウッドロー・ウィルソン大統領(民主党)の頃から民主主義を広めることがアメリカ外交の一番の主眼でありました。これに対する反論というのはもちろんありますけれども、大体はそういう考え方で外交を展開してきたと言ってよいと思います。
ところがオバマさんはそういう自国の価値観を他の国に押し付けることは良くないというような発言をし、逆に謝ったりすることが多い。ですから最近発表した「新国家安全保障戦略」を見ても、二国間の同盟の重要性よりも多国間、国際機関を利用してのアプローチ、あるいは軍事よりも経済だというような感じが非常に強く出ています。
アメリカの元来の外交理念、価値観というのは、民主主義、人権の尊重、個人の自由などですけれども、ただこれを謳っておけばいいというものでもありません。一党独裁の中国に対する姿勢と、民主主義国日本に対する姿勢とでは自ら違いがあるからです。歴代の大統領はそのへんの区分けをしてアプローチしてきたのですけれども、今のオバマさんにはあんまりそれを明確にする姿勢がうかがえません。
高まるオバマ政権への批判
そういうオバマ政権に対してアメリカの内部でも今、批判が非常に高まっています。「アメリカの本来の価値観を重視しない大統領は、アメリカがアメリカであることを否定して、外国に対して謝り続けていることになるのじゃないか」というアメリカ版の謝罪外交に対する批判です。
この点について日本のメディアの多くは、オバマ氏の政策に反対する保守派勢力からの批判にすぎないということで済ませている場合が多いです。だがこれは正確ではない。今のアメリカ国内のオバマ批判というのは中道派、無党派層にまで大きく広まっていて、十一月の中間選挙のための予備選を見ていても、そういう状況がはっきり出ています。
テレビでご覧になった方あるかもしれませんけれども、民主党が圧倒的に強いカリフォルニアで上院議員の予備選挙と州知事予備選の両方で共和党の女性候補が出ています。二人とも大企業の経営にいた人で非常にスピーチが巧いし、魅力のある候補者ですが、オバマ政権の政策を正面から否定するような政見を掲げるキャンペーンを展開し、勝利を収めています。そういう意味では十一月にカリフォルニアの選挙がどうなるかは、これからのアメリカ政治を占う非常に重要な読みどころだと思います。
オバマ政権がアメリカの伝統的価値観をあまり重く見ないという状況は随所に見ることができます。例えばイギリスとの同盟が弱くなっています。、もっとひどいケースは対イスラエル関係の希薄化です。確かにイスラエルはかなり無謀なことをしますけれども、中東で唯一の本当の民主主義国家として歴代のアメリカ大統領はイスラエルを大切にする政策を取ってきた。しかし今のオバマ政権ではイスラエルと徹底的に対立するような状況になってしまっています。
さらには中国重視の考え方もその一つです。これも日本の軽視をある程度加速させていると言えます。但し留保しておかねばならないのは、いくらオバマ政権でも中国に対しては日本と同様の同盟相手というような感覚はないことです。協力を深めねばならない相手、その存在感の増大さを認め一応の敬意を払わねばならない相手という意味での中国重視だと言えます。
中国はご承知のように国連の安保理の常任理事国です。ですから中国一国がノーと言えば国連が全て止まってしまうという実態があるわけです。このこともあってアメリカは対テロ戦争とかイランに核武装を止めさせるための制裁を科すことについて中国の後押しを得るためにずいぶんと気を遣っています。北朝鮮問題も同様です。ですからオバマ政権全体としてどうしても中国との交流に精力を注いで、その結果のゼロサム関係で日本への働きかけが減るという傾向にあります。(つづく)
杜父魚文庫
6194 オバマ大統領の人気はなぜ下がるのか――日米関係を読む(2) 古森義久

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