私の日米関係についての講演の紹介を続けます。今回分はアメリカ側識者の菅直人評、鳩山由紀夫評などです。
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日米関係の「聖域」を侵した鳩山論文
これがオバマ政権の日本へ向ける顔であり、議会も含めたアメリカ全体の日本への姿勢のバックグラウンドですけれども、こういう中に突如出てきたのが、我が鳩山由紀夫さんということになるわけです。
鳩山総理大臣が日米関係に与えたマイナスの影響というのは、少し中長期的にも検証されるべきだと私は思いますけれども、総理が就任当初のニューヨークタイムスなどに寄稿したと言われる論文はアメリカ政界に大きな驚きを与えたことは間違いありません。
これまで日本の首相もアメリカの大統領も、日米関係に関してはいろんな問題がある、経済摩擦があるし防衛でもいろいろ摩擦があるけれども、日米同盟の基本線はお互いに守っていくという、一種の日米関係の聖域がありました。ところが鳩山総理はそこにズカズカと入ってきたということを少なくともアメリカ側は感じたわけです。
鳩山さんは論文の中で、「日本は必ずしもアメリカと一体ではなく、むしろ中国とかその他アジアの諸国とアメリカとの中間に立って、仲介、橋渡し役を務める」、「安全保障に関しても日米同盟じゃなくてアジアの集団的なメカニズムをより重く考える」というような考えを述べています。
その延長がアメリカを抜きにした東アジア共同体という構想で考えられるわけですが、そういうこれまでの日米関係の聖域を全部破壊して、日本は全く新しい道を選ぶことになるのではないかと、少なくともアメリカ側の識者たちは受け取ったわけです。
鳩山さんが就任当初に言ったことを、点と点を結んで線を描いていくと、浮かび上がってくるのは、お隣り韓国の盧武鉉大統領時代の対米政策になります。
普通、同盟相手であれば、 ”alliance” という英語を使います。しかし盧武鉉大統領は韓国をアメリカに対して第三国との間の均衡を取る “balancer” 、あるいは物事をスムーズに進める “facilitator” などという言葉を使いました。
これでアメリカ側にものすごい反発を受けて、米韓同盟は根底から揺らぎました。国内でもいろいろな批判が起きて盧武鉉氏は結局は自殺ということになったわけですけども、アメリカでは「鳩山政権は盧武鉉政権じゃないか」という論評が出たのです。
「日米安保の虎の尾を踏んだ」
その鳩山さんが辞任し、次は菅直人さんが総理大臣になることが決まりました。それが分かった時点で、オバマ政権のアジアを担当している国家安全保障会議の上級部長のジェフリー・ベーダー氏が実名を出して公式の場で次のようなことを言いました。
「鳩山政権の閣僚たちは普天間基地問題だけでなく在日米軍全体の必要性について疑問を呈することによって、アジア諸国の間に心配や警戒を引き起こした。この鳩山民主党の外交政策は極めて混乱していてオバマ政権からすれば誰が日本政府を代表して発言しているか不明だった」と。
同盟パートナーに対して極めて異例な辛辣な言葉と言えますけれども、実際に鳩山氏の発言の内容は、日替り定食のメニューのように毎日毎日異なっていました。同盟を否定するような発言でびっくりしたと思っていたら、翌日にはまた元に戻って反対のようなことを言うということが度々ありました。真剣に鳩山発言を追えば追うほどわけが分からなくなり、困ってしまうわけです。
オバマ政権の高官が鳩山さんを評して、「ルーピー」という言葉を使いました。「能天気」といった意味がありますが、そういうネガティブな言葉を耳にすると、日本人の記者として、別に党派性がないにしても、本当に苦痛を覚えた六~七月間でした。アメリカ側の発言にも間違いがいろいろあるにしても、理屈でどうしても説明できないようなことを日本の首相が言い続けているという状態にはかなり悩まされたわけです。
国防総省の日本担当部長を長年やったジム・アウアーという、私も長年知っている人が、「鳩山政権というのはやはり日米同盟、日米安保の虎の尾っぽを踏んでしまった」というような言い方で次のように論評していました。
「国防総省の特に制服組の間には昔から米軍が戦闘に巻き込まれる、戦闘を開始する、あるいは軍事対決を予想して緊迫するという、いわゆる有事の際に日本は一体どう動くのか、が真剣に論じられてきた。
本当にアメリカと一体になって味方になってくれるのか、それともそうではないのか。前者が『ジャパン・イン』、後者が『ジャパン・アウト』と言うわけですが、『ジャパン・アウト』になっても、それはそれでしょうがない、という認識だった。
しかし、日本は米軍に在日米軍基地の使用は絶対に認めるだろうと、米側のだれもが考えてきた。それがこれまで五十年続いてきた日米同盟の最小限の信頼できる部分であると受け止められてきた。
ところが鳩山政権というのはそこの最小限の部分さえも否定してしまうのじゃないかということで、国防総省の制服組の中に懸念が広がっていて、政治指導層にそれがどんどんぶつけられるようになった」と。
これほどまでにアメリカ側には不満とか不安が高まっていたわけですけれども、それを示す動きは表面にはあまり出てこなかった。それはオバマ政権の中枢が日米同盟が円満に見えるように抑えてきたからです。
オバマ政権自体、外交全般で得点をほとんどあげていない。そんな中で肝心の日本との関係を決定的に駄目にしてしまったということになると、共和党から批判されるのは必至です。これはオバマ政権にとっては本当に困ることですから、日本に文句を言うことはかなりの程度抑えてきたという実態がありました。
菅政権、不安だが前よりは・・・
そうして菅直人さんの登場ということになります。ではアメリカは菅さんをどう見ているのか? 菅直人さんという政治家を知っているアメリカ人は非常に少ない。
ただ米側で日本関係に長年関わっていて、しかも日本の政治を見ている人の間では菅さんの名は知られているわけです。菅さんは四月に財務大臣としてアメリカを訪問した際にアーリントンの国立墓地へ行って花を捧げました。これは日本のテレビニュースで報じられましたけれども、アメリカのマスコミにも一行も出ていません。
このことをどっかからか聞いた私の知人が「何でこれについて書かないのだ」と電話してきました。岡田外相もやっていますから、それほどの大きなことじゃないと説明したのですけれども、彼の論理というのは、菅直人という人は結局は出自は左翼である、共産主義とか社会主義のイデオロギーに傾いていて日米関係についても反米の人と見られている。
そういう左翼のイメージを消すためには菅さんがアーリントン墓地で献花をしたことは大いにPRすべきじゃないかということのようでした。
このエピソードからも伺えますように、アメリカ側で菅さんを知る人は少ないけども、共通の人物像として、市民運動の出身で左翼とみなされていて、日米関係や安全保障に関与したことがなく、発言もしていない人という見方があり、この点に対する懸念がアメリカ側にあるのも事実だろうと思います。
菅さんに関しては、日本の政治動向に詳しいブッシュ政権の国家安全保障会議アジア上級部長のマイケル・グリーン氏が、菅さんの政治的な出自からくる懸念を明らかにしています。
「菅氏は左翼の人である」と。さらに付言して、「日本側の一部の識者たちは菅氏の活動家のルーツを指摘して極左だったと表現をする人もいる」、「彼は村山富市さん以来自民党に籍を置いたことのない初めての日本の総理大臣である」と語っています。
しかしそれと同時に、十日ばかり前ですが、「菅さんは実利主義とか柔軟性も持ち合わせているから、前任者(鳩山さん)が重ねてきたアメリカとの無意味な摩擦は避けるだろう。菅さんの対米政策は鳩山さんよりは円滑な軌道を歩むだろう」とも言っています。(つづく)
杜父魚文庫
6204 菅直人氏は左翼の人である――日米関係を読む(3) 古森義久

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