6307 伸子さん、まず菅首相の教育を 岩見隆夫

喧騒から一週間が過ぎた。民主党の代表選は接戦かと思っていたらそうではなく、あっけない大差の幕切れだった。幕切れそのままに、いま、二人の主役の顔はかすんでいて、印象深い言葉は何も残っていない。二人とも、
「命をかけて……」と何度か口走ったように記憶しているが、一体何に命をかけるのかがさっぱりわからない。もともと、何もやらないうちから、命をかけるなんて、男は言うべきでないのだ。腹を据えて黙ってやればいい。
小沢一郎前幹事長が負けた理由ははっきりしている。党員・サポーター票と地方議員票を通じて世間の風がかなり入ってきたからだ。民主党は社会から断絶した政党にならずにすんだ、という言い方もできる。
国会議員だけの代表選だったら、どうなっていたかわからない。党員・サポーター票は菅直人首相が優勢(結果は小沢さんの約五倍)という事前予測が多かったから、勝ち馬に乗った議員もいたに違いない。だから、国会議員だけで選んだら、〈小沢首相〉がありえた。
私は、〈小沢首相〉のもとで政界をひっかき回したほうが、小沢さんの引退を含めいろいろとけじめがつき、将来の政治のためには好都合なのかもしれない、とも思ったが、そうドラスティックな展開にはならなかった。まあ、こんなものだろう。
とにかく、菅さん、小沢さんとも悲しいかな国民的人気がない。人気さえあればいいのではなく、不人気でもいい仕事をした首相が過去にはいた。しかし、この二人は人気がないだけでなく、菅さんは断固としたものが伝わってこない、小沢さんは依然として腹の中が読めない。裸になれ、と言いたいが、生まれながらの性分でどうにもならないのだろう。
振り返って、〈十四日抗争〉の間に目立ったことが一つある。それは女性だ。
小沢さんが動くところ、そばに人寄せパンダの谷亮子さんがいつも付き添っていた。「がんばろう」も谷さんが発声する。もっと若くて美人の小沢ガールズは何人もいるが、やはり知名度なのだろう。谷さんほどではないが、菅さんの応援演説には蓮舫行政改革担当相の姿が圧倒的に多かった。
谷さんと蓮舫さん、売れっ子二人ともう一人、古株だがしゃしゃり出てくるのではないかと思っていたら、案の定、田中真紀子元外相がお出ましになった。独特の話法で、
「日本の指導者は小沢さんしかいない」
と持ち上げる。九年前、田中さんの熱烈応援で自民党総裁選に圧勝した小泉純一郎さんの姿が、小沢さんの頭をよぎったに違いない。しかし、真紀子節も、かつての神通力はもはやない。
まだいる。場外から不本意な参加をしたのが、小沢さんの側近、青木愛衆院議員だ。代表選の最終盤、青木さんをめぐる醜聞らしき特集が二つの週刊誌に載り、永田町の話題をさらった。敵陣営の陰謀じゃないかという噂も広がって、にぎやかなことだった。この騒ぎは小沢票をいくらか減らしたかもしれない。
◇財政再建猶予なしだが教育改革も緊急性高い
以上のどの女性よりも強力助っ人役を演じたのは、菅夫人の伸子さんだった。伸子さんが、首相就任一カ月後に、『あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの』(幻冬舎新書)を緊急出版した一件は、当コラム(第623回)でも書いたが、いまにして思うと一種の世論対策だったことがわかる。中身は辛口だが、話題になるだけ菅さんは得点している。
代表選に入ると、伸子さんの活動は一段と熱がこもった。まるで自身が候補者みたいだ。議員会館の事務所を回り、ケイタイで地方議員にかけまくり、新聞、テレビにもこまめに登場する。
投票日四日前の九月十日、伸子さんは複数のスポーツ紙のインタビューに応じ、ご主人の攻撃的な論戦ぶりについて、
「もともとチャレンジし続けてここまできた人です。あまり受けて立つ場面を経験していない。いまからが彼の修業でしょう」
と語った。聞きようによっては、当選を前提に、続投後の菅さんにアドバイスしているようでもあった。追い込みの段階に、しかも夫人の立場で、なかなか修業発言などできない。
「『耳七割、口三割』にして、よく人の話を聞かなければ」とも言っている。これも、再選後の注文に聞こえる。
この方、八方破れのような構えがすごい。七月十三日夕方だから、参院選に大敗した二日後になるが、『毎日新聞』の鈴木琢磨記者の誘いに応じて、伸子さんは東京・高田馬場の居酒屋で痛飲、ぶちまくった。そのリポートを読んで、恐れ入った。こんな面白い読み物はめったにない。
菅さんが会いたいと求めても、小沢さんが応じないで、行方をくらませていたころだ。
「おもろいねえ、あの人。めっちゃ好きです。顔出したくないのよ、シャイで。私、選挙のやり方、小沢さんとそっくりなの。川上からやれ、一日五十カ所、つじ立ちやれ、まったく同じ。小沢さん、まだまだやりますよ。九月の代表選で菅がやられるかも」
と伸子さん、小沢さんを持ち上げながら予防線も張っている。菅さん以上に政治家だ。
酔い心地のなかで、鈴木記者の頭に残っていたという次のセリフ、私は大変気に入った。
「菅直人が首相になること自体、日本中が小粒になったことのあかしよ。永田町も草食系ばかりだし。人間を育てないといけないわね。教育なのよ、結局は」
そのとおりである。菅さんも小沢さんも、経済と雇用の話しかしない。つけ足しみたいに普天間問題。あとは当たり前の政治主導論ばかり。教育問題なんかテンから忘れている。
菅さんの初の所信表明を読み返しても、教育重視の視点はどこにもない。財政再建は待ったなしの緊急テーマに違いないが、それに劣らず、教育改革も緊急性がある。伸子さん、まず菅さんをしっかり教育してください。(サンデー毎日)
杜父魚文庫

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