尖閣諸島周辺の日本領海を中国漁船が侵犯した事件に関連して、事件発生の少し前、奇妙なことがあったと、中国の事情に詳しい人物が語る。中国外務省前で、2~3人の男が「東シナ海の日中共同開発の合意は売国の合意だ」という派手なプラカードを掲げたというのだ。右の人物はこのこと自体、非常に「非日常的なこと」だと感じた。中国では政治的意思を表現すると取り締まりの対象になる。彼らがどのようにして、中国外務省前でデモができたのか、不思議だと感じたそうだ。
男たちは警官が駆けつける前に姿を消したが、その映像はインターネットで流された。そして翌日、中国外務省報道官が「われわれの外交を進めるうえで、民間の圧力は考慮すべき一つの要因である」と語った。
さて領海侵犯をした漁船「閩晋漁(ミンシンリョウ)」を、わが国が拘束、事件発生から半日以上が過ぎた9月7日深夜に、ようやく船長らの逮捕にこぎ着けた。菅直人首相、仙谷由人官房長官は民主党代表選挙で忙しく、対応が遅れたのだ。
対照的に中国政府は迅速かつ激しく抗議した。北京駐在の丹羽宇一郎大使を連日、最後には深夜に、呼びつけた。
一方、一連の激しい抗議を、日本の外務省は中国国内世論向けだと解説する。各紙も「国内世論への配慮」が対日強硬策の裏にあると解説した。だが、そう断定してよいのだろうか。
私は複数回、東シナ海の上空を飛んだことがあるが、一度、異様な光景に遭遇した。文字どおり雲霞のごとく、漁船が浮かんでいた。異常なのはそれらすべてが中国漁船だったことだ。高度を落としてよくよく見たが、日本の漁船は中国の大船団に恐れをなしたかのように、どこにも影さえ見当たらなかった。こんな状況では領海侵犯は容易に発生すると感じたことを思い出す。
事実、今回の領海侵犯が発生した7日、第11管区海上保安本部は尖閣諸島周辺で160隻の中国船を確認している。うち約30隻は領海侵犯だった。
中国政府はこのような状況を把握しており、むしろ許してきたと考えるべきだろう。つまり、中国政府は今回の領海侵犯も承知していたのであり、日本側が行動を起こせば、逆に中国領だと反撃して、既成事実をつくっていく考えだったのではないか。
そう考えれば、すさまじい抗議の理由も納得できる。彼らは八日午前、丹羽大使を呼びつけた。10日には楊潔篪(ヨウケツチ)外相が、12日には外相より格上の戴秉国(タイヘイコク)国務委員が、前述のように深夜に呼びつけた。
その間に、中国政府は東シナ海ガス田共同開発に関する条約締結交渉開始や李建国・全国人民代表大会副委員長の訪日を延期して圧力をかけ続けた。民主党外交の無能力と気概のなさを見越しての、よくよく考え抜かれた戦略戦術だと、私は感じている。
事実、菅政権は圧力に屈して13日、早々と船長を除く船員14人と船を返した。中国外務省は「日本側と厳しい交渉をし、領土と主権を守る断固とした決意を示した」と勝利宣言した。船員らは世論の力を讃え、感謝した。
日本固有の領土である尖閣諸島をめぐって、危険な逆転現象が起きつつあるのだ。中国は、他国の領土領海を侵すことに躊躇しない。第二次世界大戦後、武力で領土を拡大したのはただ一国、中国のみだ。南シナ海での西沙、南沙両諸島の実効支配に至ったのは、中国は、侵犯したが最後、そこから一ミリも譲らないからだ。
いまや中国は、尖閣諸島で日本の海上保安庁の調査船を追い回す。現在は接近、追尾だけだが、やがて武力で威嚇するのが彼らの定石だ。外交の基本が領土領海の守りにあることも知らず、「遺憾です」と繰り返すしかない民主党政権は、明らかに足元を見られている。中国外務省前でデモをした中国人の表現を借りれば、菅、仙谷両氏らの気概なき対応こそ「売国」である。(週刊ダイヤモンド)
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