6463 ノーベル平和賞報道を封ずる中国のメディア・コントロール 伊勢雅臣

■1.万里の長城のインターネット版■
2001年10月17日、APEC(アジア太平洋経済協力)会議を取材するために、上海を訪れた各国のジャーナリストたちは、報道センターのコンピュータから、いくつかの海外メディアのウェッブページにアクセスできないことに気がついた。
VOA(Voice Of America)の記者は、報道センターからは自社のホームページにさえアクセスできない、と不満を述べた。その他にもBBC(英国放送協会)、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙、それにいくつかの台湾メディアにも、接続不能であることが判明した。
中国外交部(外務省)の報道官・章啓月が記者会見を開いた途端、取材陣から、なぜこれらのウェッブサイトへのアクセスを遮断しているのか、説明して欲しい、という声があがった。章啓月は「インターネットのデータ交換に問題が発生しているのかもしれないが、私には分からない」と述べて、記者たちの嘲笑を買った。そして、政府がファイヤーウォールを利用してインターネットを規制するのは、きわめて「正常」なやり方であると弁明した。
ファイヤーウォールとは「防火壁」の意味で、組織内のコンピュータネットワークに外部からウィルスなどが侵入するのを防ぐシステムである。この技術を用いて、中国はインターネットを通じて国外から(中国政府にとっては)有害な情報が入るのを、国家レベルで統制しているのである。まさに万里の長城のインターネット版だ。
■2.5万以上のサイトにアクセス禁止■
ハーバード大学の調査によれば、中国のある地点から世界各国20万4千のサイトにアクセスできるかをテストした所、5万以上のサイトが閲覧できなかった。それらのサイトを大別すると、以下のようになる。
・人権団体のサイト。中国の人権状況を批判しているアムネスティ・インターナショナルなど。
・ニュースサイト。上記のVOA、BBC、CNNなど。
・衛生関係のサイト。エイズ・ヘルスケアなど。
・台湾、チベットに関するサイト。
・宗教関係のサイト。カソリック市民権同盟、法輪巧など。
グーグル検索サイトでの世界で人気のトップ100サイトのうち、42のサイトが中国政府によって遮断され、中国国内からアクセスできない。
中国国内から国際ネットワークにつなげるためには、当局がコントロールするサーバーを経由しなければならない。それによって中国政府は海外のサイトへのアクセスの制限が自由にできるのである。
■3.ヤフー、グーグルの検閲協力■
中国政府は単に外国のサイトへのアクセスを禁じるだけでなく、海外の検索サイトの中国版にも協力をさせている。
中国政府への協力という面では、ヤフーが非常に典型的な例と言えるだろう。アメリカの人権団体『人権観察』は、アメリカのヤフー社が中国の関係政府部門と協議し、中国当局のインターネット・ウェッブページへの検閲に協力することで合意したと非難している。それによると、ヤフーが提供するウェブ・ページに中国の国家の安全と社会の安定を脅かす内容のものを掲載しないと合意したのだという。
中国版ヤフーで「台湾独立」や「中国民主」を検索しても、何も出てこない。中国当局に協力して、これらのキーワードを検索禁止にしているからである。
グーグルも同様だ。中国版では「民主主義」「人権弾圧」「天安門事件」などという特定の言葉を検索禁止として、中国当局の検閲に協力している。
■4.ネット・メディアの「整頓」活動■
中国国内のサイトへの検閲はもっと過酷だ。2001年6月以降、中国共産党は「建党80周年を祝うために良好な世論環境を作り上げる必要がある」ことを理由に、ネット・メディアの「整頓」活動が強化された。
たとえば、「熱門話題」というメール・マガジンは、1997年11月に創刊され、23万5千もの購読者を抱えていたが、2001年6月18日に、突然、停刊を宣言した。この編集者は、「耳の痛い忠言を少しだけ語り、ささいな不平不満をほんの少し漏らしただけであったのだが、こんな片隅でも逃れることができなかった」と述べている。
「思想的境界」というサイトも閉鎖された。南京大学の青年講師・李永剛が創設し、学術的話題を議論する場としてインテリ層の熱い支持を受けていた。しかし、南京市国家安全局から数回に及ぶ一時閉鎖を強いられた事が、かえって海外の読者の注目を集め、彼らは李永剛への支持を表明し、海外メディアもそれを報道するようになった。そのため、南京市国家安全局はサイトの完全な閉鎖を命じ、あわせて李永剛にこんな声明を出させた。「サイト閉鎖は政府や政治とは無関係である。今回の件はまったく個人的な考えによる閉鎖であり、閉鎖を強いられたわけではない」
マイクロソフト社も、中国当局の意向を受けて、中国政府の抑圧的政策を批判する人気ブログを閉鎖した。
■5.「自主規制」■
こうした規制の下では、各サイトは当局から閉鎖を命ぜられる前に、自主規制を行うようになる。たとえば、読者からの投稿を受け入れるサイトでは、トップページに必ず「削除と禁止の規定」がある。北京大学に所属するコンピュータ企業が開設している有名なサイト「北大三角地」では、次のような規定を表示している。
第2条 作者の削除、登録番号の取り消し、IPアドレスの封鎖書きこみのなかに下記の内容が一度でもあれば、ただちに上記の処罰を実施する。
1 邪教法輪巧
2 国家指導者への攻撃
3 海外の反中メディアによる報道の大量貼り付け
4 デマの流布、騒ぎの扇動
第3条 いくつかの説明・・・・
3 中華人民共和国の関係法律・法規に基づき、本サイトには関係機関と協力して立ち入った調査を行う権利と義務がある。
こんな恐ろしげな規定に挑戦する人は希だろう。その心理的圧力が、投稿者に「自主規制」を強いるのである。
■6.「関係機関と協力して立ち入った調査を行う」■
それでも、こうした圧力を跳ね返して、各種のサイトを立ち上げ、言論の自由を行使しようとする勇気ある人々がいる。「民主与自由」のように30回も一時閉鎖を繰り返すサイトもあった。しかし、2003年10月以降、このサイトも当局によって完全閉鎖に追い込まれた。5名のフォーラム主催者が逮捕され、そのほかに、一人が勤務先から解雇され、もう一人が公安局の家宅捜査を受け、二人が警察の尋問を受けた。
前述の「関係機関と協力して立ち入った調査を行う」とは、こういう事なのだ。単なる脅しではない。
2000年6月、四川省の「天網」サイトの創設者・黄埼*が逮捕され、「政府転覆陰謀罪」で告訴された。その「罪」とは、彼のサイトで天安門事件で殺害された学生達の母親による公開書簡が掲載され、当時の民主化運動を復興せよと呼びかけていた事である。(*原字は、土偏の替わりに王編)
2000年5月、「財経消息」サイトは当局から2週間の閉鎖を命ぜられ、サイトの責任者は罰金1万5千元を課された。役人の腐敗に関する記事を掲載し、「政府のイメージを損なうデマを流した」という理由であった。
2002年8月、HIV感染者の民間支援団体「北京愛知行動プロジェクト」の世話人・万延海は、ネット上に河南省衛生庁のエイズに関する報告書を掲示したため、北京国家安全局に27日間も拘束された。
ヤフー社はネットで発言する民主活動家の情報を中国当局に提供し、それがもとでその活動家は「国家転覆扇動罪」で懲役8年の刑を言い渡された。
こうして強制閉鎖されたサイトは昨年だけで2千以上、ネット上の発言などを理由に収監されている人が80人以上にのぼると報道されている。
■7.メールの検閲■
中国政府のインターネット規制は、メールにも及んでいる。巨大なネットワーク・フィルターを設置し、メール内に禁止用語が含まれていないか、監視しているのである。
禁止用語は「不法文字符号」と呼ばれ、たとえば「民主」「人権」「自由」などが含まれている。これらの用語は、メール内ですべて「XX]という伏せ字に変換されてしまう。そのほかにも中国の国家指導者の名前と不敬な単語を組み合わせると、メールそのものが削除されてしまう。
もちろん、機械的な検閲なので、たとえば、物理学用語の「自由落下」は「XX落下」とされてしまう。「法」のローマ字表記の「Fa」も使用禁止なので、英文メールの「Fall」も、「XXll」となる。
多くのネットユーザーが「当局はなぜこんなに不法文字符号を決めたのか」とネット上で不満をぶつけ始めると、当局はこの議論を止めさせるために、「不法文字符号」という単語自体を不法文字符号として登録した。以後、「不法文字符号」という単語を含んだメールは、「不法」通信として削除されてしまうようになった。
日本でも戦後、占領軍が6千人以上の検閲員を雇って、月4百万通の私信、350万通の電信を検閲し、2万5千通の電話を盗聴していたが、それに優る規模の徹底した言論検閲のシステムが現代中国で稼働しているのである。
■8.インターネット・カフェの「規範化経営」■
いくら中国政府がインターネットへの統制を強化しても、インターネット・カフェなどから、個人を特定できない形で発信すれば、大丈夫ではないか、と思うかもしれない。しかし、その程度の抜け道はすでに封じられている。
それはインターネット・カフェでのアクセスの際にICカードを用いたユーザー認証を必須とするというシステムである。いち早くこのシステムが導入された江西省では、インターネット・カフェのパソコンにはICカード読み取り器が接続されており、ユーザーはあらかじめ与えられた「江西省インターネット・カフェ実名アクセスカード」というICカードを挿入しなければならない。ICカードの情報は同省の国家安全部門に送られて認証を受けた後で、ようやくインターネットにアクセスできるようになる。
2003年上期までに、中国全土で身分証を登録して初めてインターネットにアクセスできる制度が確立され、誰がどこから、どのような発信をしたのか、すべて追跡できるようになった。
そして2003年6月に北京のインターネット・カフェで発生した火災事故を契機に、ユーザーの安全確保を理由として、インターネット・カフェの一斉取締りを行い、全国で100社程度の業者にのみ、インターネット・カフェのチェーン展開を許す「規範化」経営を実施すると発表した。
■9.「天網恢々、疎にして漏らさず」■
こうしたインターネット規制を技術的にサポートしているのが、米国のハイテク企業である。たとえば、ネットワーク業界の雄・シスコシステムズ社は、ネット上に特定の言葉が出ると、自動的に警察に通報する「ポリスネット」というソフトを開発して、中国側に提供した。
ヤフー社、グーグル社、マイクロソフト社も、中国でのビジネス展開と引き換えに、検閲に協力している事はすでに述べた。
本年2月15日に開催された米国議会下院国際関係委員会では、これら米国の大手インターネット関連企業の中国政府への協力に対し、「あなた方の中国での忌まわしい行動はまったくの恥辱」(トム・ラントス民主党議員)とか「グーグル社などは中国政府の役人のように行動している」(ジム・リーチ共和党議員)と激しい非難の声があがった。
欧米諸国のハイテク企業の協力のもと、「ファイアウォール」の設置から巨額の投資を見込む「金盾(ゴールデン・シールド)プロジェクト」計画に至るまで、そして世界最大のネット警察(サイバー・ポリス)の組織化もあわせて、中国政府は世界で最大かつ最先端のネット統制システムを構築した。このシステムは彼らの専制政治をより緻密にする手助けとなろう。
この「金盾(ゴールデン・シールド)プロジェクト」とは、インターネット監視だけでなく、全国に設置した監視カメラや盗聴器を結び、顔認識機能や音声認識によって、誰がどこに出入りして、どんな話をしたか、すべて監視できるシステムである。
かつてこのプロジェクトに関与した専門家たちの予測によれば、2008年に中国はあらゆるところに監視コントロールを張り巡らせた、世界最大の警察国家になる見通しである。
老子に「天網(てんもう)恢々(かいかい)、疎(そ)にして漏らさず」という言葉がある。天が悪人を捕らえるために張り巡らした網は非常に大きく、網の目は粗いが取り逃がすことはない、という意味である。
中国共産党は、この言葉を最先端のインターネット技術を用いて、具現化している。自由と人権を求める民を監視し、弾圧する「天網」が大陸全土を覆いつつあるのである。
杜父魚文庫

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