6545 TPPは二度目の”黒船”なのか  古沢襄

日本の農村に二度目の”黒船”がやってくる。一度目は戦後日本の再建のために工業立国・貿易立国を打ち出して、日本の農村から若年労働力を太平洋ベルト地帯に集め、工業化に突き進んだ時期である。就職列車で大都会に向かう若年労働力をメデイアは「金の卵」ともて囃した。
当然のことながら農村地帯から若い働き手が姿を消して、農村労働力の老齢化、女子化が広まった。昭和39年の東京オリンピックの頃である。当時一千百万人だった農業人口が短期間に三百万人に落ち込んだので、この急激な人口移動を称して民族大移動と言った。
昭和40年に日本経済調査協議会が「国際的視野からみた農業問題」という調査報告書をまとめた。副題は「わが国農業の未来像」である。一冊の本にまとめられた大部の報告書だが、池田元総理の首席秘書官だった伊藤昌哉氏から「十五年後にこの本をもう一度読んでみたら・・」と貰った。
日本経済調査協議会は植村甲午郎,中山伊知郎,永野重雄の三氏を代表委員にして、東畑精一同協議会調査委員長のもとで二年間、四十四回の会合を重ねて,日本農業の将来像の青写真を描いた。それがこの調査報告書である。そこには十五年後の日本農業の望ましい姿が大胆な計数を示して描かれている。
伊藤氏が十五年後にこの本をもう一度読むことを私に勧めたのは、日本農業の将来像をかなり楽観的に描いていたことになる。
調査報告書は農業と非農業間の所得格差の解消を第一にあげ、生産性の高い近代的な農業の確立の必要性を訴え、それが可能であると言い切った。そしてこれは従来のような家族皆労的零細農業から脱却し、大型農機など近代的農業装備を有する企業的農業経営が一般化されることによって達成されるとした。
第二には農産物の輸入自由化にそなえ、農業部門における国際分業の利益を確保することを主張している。工業部門における生産性の向上に比べて農業部門の遅れを指摘し、適地に適正品を増産して輸出し、不適性品は輸入する国際分業の必要性を説いた。また、消費者の犠牲において、零細農業者の所得を保証する従来の農業保護政策を速やかに転換すべきだとした。
このほか酪農の比重の大きい農業生産構造の確立、新しい農業の指導者の育成、耕地の集団化を促進する立法措置、群小の補助金を大整理し60ー80ヘクタールの集団化された大圃場に優先的支援、先駆的な総合パイロット地区、モデル農場の設置、総合的な地域開発、農産物の流通部門の近代化など提言は多岐にわたっている。
これらの指摘は,今,読み返しても大筋で正しい。しかし、東畑報告書の青写真は今もって実現していない。日本の工業化は実現し、貿易摩擦が起こるくらいになって世界第二の経済大国を謳歌したが、過疎の農村対策は補助金漬けで放置されてきた。
そして、今、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)という第二の”黒船”がやってくる。菅首相はAPEC首脳会議で議長を務めるが、貿易自由化にかける思いが強いという。TPPと呼ばれる自由貿易の枠組みに日本も加わると表明している。
これが実現すれば、参加国の中で原則的に関税の撤廃が求められる。お隣の韓国は早くから貿易自由化で走ってきているので、日本は大きく水をあけられていると経済界は危機感の抱いていた。産業界はTPP賛成で走り出している。貿易自由化が経済を活性化させると異口同音に言う。
しかし日本がTPPに参加するとなると、コメをはじめとする農産物の取り扱いがどうなるか。この点に関して、かつての東畑調査会が二年間、四十四回の会合を重ねて日本農業の将来像を論じた真摯な議論が見えてこない。正直にいえば、経済・産業界の貿易自由化推進論に安易に乗った観が捨て切れない。
民主党内からも異論が噴き出している。農村をバックにした議員にとって死活問題だから、政治問題化するのは避けられない。都市型政党の民主党にとって、農村問題は鬼門になりかねない。消費税論議でも露呈されたが、民主党の政策論は唐突で具体策に乏しいと思うのは私だけなのであろうか。
杜父魚文庫

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