尖閣諸島沖で中国漁船の衝突事件が起きたのが九月七日、船長が逮捕されたのが翌八日だから、すでに一カ月半が過ぎた。この騒ぎは、偶発的な事件から始まったようにみえるが、漁船の体当たりは計画された謀略みたいでもあって、裏側がはっきりしない。深刻な不幸の始まりではないか、という気もする。
戦後、日中両国の関係は火を噴かなかったというだけで、平坦ではなかった。友好という点でみると、一九七二年の国交正常化時がピーク、いまはボトムと思われる。それも急速に襲ってきたボトムである。中国各地の反日デモが大ニュースになっているが、何度も経験したことで、またか、という苦々しさはあるものの、大したことではない。
それよりも、日本人の〈反中感情〉がどのレベルにあるか、日本政府は真面目に考えたことがあるのだろうか。デモなどの動きを伴わないからカウントしにくいが、この対中感情の冷え込みはただごとでないと私は思っている。上海万博を締めくくるシンポジウムに日本人で一人招かれていた橋下大阪府知事が、突然キャンセルを伝えられ、橋下さんが、
「こんな中国人ともう付き合う気はない。(対中関係は)ゼロ、いやマイナス……」と激怒していたが、いまの日本人一般の反中感情を代弁していた。危険水域に近づいている、と考えたほうがいい。
今回の尖閣事件の構造は複雑である。九月十二日未明、中国の戴秉国・国務委員が丹羽宇一郎駐中国大使を呼びつけ、船長の釈放を求めたあたりから暗雲が漂い始め、以後たたみかけるようにさまざま圧力をかけてきたのはご承知のとおりだ。まず、この大国主義むきだしの理不尽な仕打ちに、日本人は甚だしく自尊心を傷つけられた。戦後初めてのことかもしれない。
これに、日本政府の腑抜けのような対応が重なった。かつてない外交失態と批判されたが、どこがどの程度失態なのかも実ははっきりしていない。処分保留のまま突然船長が釈放された(九月二十五日)ことにまず驚き、次に、菅直人首相らが、
「政治介入は一切しておりません」と政府が釈放に関与していないことを繰り返すに及んで、あきれただけだ。いろいろ分析的論評がなされているが、どれが真相かわりにくい。
とにかく、今回、日本人はまず〈大国の圧力〉に怒り、それに屈した日本政府の態度に怒り、さらに、「釈放は検察庁が総合的、自主的に判断したことだ」
と逃げ続ける政府の無責任に怒り、三重の怒りに見舞われることになった。反中感情が高まった内側をのぞくと、軍事、経済で膨張する中国の大国主義への不快感に加えて、そうしたわが日本政府の不甲斐なさをみせつけられ、民族的劣等感のようなものも、反中感情に拍車をかける要因になったのではなかろうか。
◇中国への信頼が低下し不測の事態招きかねず
己の至らなさを他人のせいにする。よくあることだ。しかし、個人間のことならそれですんでも、国家間となればことは面倒だ。反中感情の裏で、日本人の負け犬根性が芽生えているとすれば、多分そうに違いないが、それこそ国難である。
反中感情は安全保障上の不安にもつながっている。先日、長野県小諸市の読者からいただいた手紙には次のようなことが書いてあった。
〈予想外に早く老いた大恐竜アメリカは、乱暴なゴジラ中国に振り回される事態になるのかもしれません。中国とロシアが再び手を結ぶ新冷戦構造ができつつあるようでもあります。世界の力関係が変わり始めた。日本はその時どうするのでしょう。どんな戦略があるのでしょう〉
同じような不安感を日本人は共有し始めている。平和ボケと言われながら六十五年が過ぎたが、ここにきて恐怖を実感することになった。北朝鮮による核の脅威もそれなりにあったが、中国脅威論はすでに論の域を超え、尖閣事件をきっかけに目覚めたような感じがある。
しかし、菅さんは、国民の反中感情の深刻化、軍事的脅威の実感にどこまで理解が及んでいるのか、
「中国とは今後も戦略的互恵関係で……」と聞き飽きたセリフを繰り返すのみで、国会答弁の表情はいつも自信なげだ。戦略的互恵というスローガンは意味不明に近い。互恵とまったく逆の態度で中国がキバをむいてきた今度のような時、日本はどう立ち向かうべきなのか。
しなやかでしたたかな柳腰外交で、と仙谷由人官房長官はおっしゃる。〈柳腰〉の言葉論争はともかく、しなやかでしたたか、は結構だ。仙谷さんは、その後中国側は軟化して、拘束したフジタ社員四人も全員釈放されたのだから、結果よしではないか、と言いたいらしい。
しかし、それは柳腰外交の成果だろうか。船長の釈放は、しなやかでしたたかな計算から導き出された答えだったのか。中国側の度重なる脅迫に、オタオタした結果ではなかったのか。
したたか、のなかには毅然としたものも包含されていると思いたい。緩急自在、硬軟両様はいいが、機をみて毅然としなければなめられる。なめられるほど大きな国損、国家的恥辱はない。
尖閣で、日本政府は毅然とした場面があったか、とつくづく情けない思いに駆られるのだ。国家が揺らいでいる。
「中国は国際的な信頼や経済的利益など多くのものを失ったが、日本が失ったものはほとんどない」と一部の中国専門家は尖閣騒動を総括するが、そうだろうか。失ったものは少なくないと思われる。〈圧力をかければ折れる国〉と国際的になめられた。それ以上に、中国への信頼が著しく下落したのは、大きな損失だ。
過度の反中感情は、不測の事態を招きかねない。どう鎮めていくか。腰を落とし、深く考えなければならない。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
6556 「反中感情」はデモより鎮めにくい 岩見隆夫
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