本日、十一月三日は、玄関に日の丸を掲げ、早朝から桃山の明治天皇陵に参拝し、続いて麓の乃木神社で乃木希典閣下の霊に祈った。そして、神社拝殿横の天幕の下でなおらい。
今日のこの日程は、仲間の皆さんが一年前から乃木神社に予約して下さった御陰で実現した。明治天皇陵には、たびたび参拝させていただいているが、十一月三日の参拝は初めてだった。
御陵の前で目を閉じて皇室のご繁栄と日本国の安泰を祈った。すると、この明治天皇の前で、第三軍司令官報告を涙を流しながら行った乃木軍司令官のことが甦ってきたような思いがし、自然とその報告の一節をつぶやいた。
「我が将卒の常に強敵と戦い、死を見ること帰するが如く、弾に倒れ剣に倒れるもの、皆陛下の万歳を歓呼して欣然として瞑目したるは、臣、これを輻輳せざらんと欲するもあたはず・・・」すると、この報告をしていた乃木さんと同じように、涙が目ににじんできた。
乃木神社を後にしようとしたとき、関西防衛を支える会の同志の皆さんと神社の前で出くわした。国に危機が迫っている時、みんな同じ思いで、申し合わせたように明治天皇陵に参りにきたのだなー、と思った。
今、内憂外患と言われる。しかし、内は、まことに情けない低次元で打ちすぎ、外は、幕末の我が国に植民地化の危機が押し寄せたのと同じような深刻な対日攻勢の圧力を大陸諸国から受けるに至っている。
つまり、亡国的状況である。この中にあればこそ、本日の晴天の下で明治天皇と乃木閣下の霊に祈ることができたことを深く感謝している。
この明治節の感動的なすがすがしい一日の終わりの夜、テレビのニュースでは、「小沢氏が国会で説明するか否か」の報道が大まじめに為されていた。何故、これがニュースなのか。
小沢氏が久しぶりに例の口調でしゃべっていた。お国のことがその頭にあるのだろうか。欲と傲慢、亡国の顔を見た。
杜父魚文庫
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