横浜を中心に大々的に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)が終わった。菅直人首相は成功したと胸を張ったが、本当にそうか。長年、日本政治を見てきたものからすると、戦後最大級の外交失態の場となったのではないかという気がする。
直感的に思ったのは、「いま、吉田茂がいたら」ということだった。あるいはもっと最近の例を引けば、「いま、中曽根康弘が現役だったら」といった思いであった。国家とはどういう行動を取らなくてはならないかを熟知しているはずだ。
外交失態といわなくてはならないのは、二重の意味において、である。一つはAPECの場が大転換を遂げようとしているときに、日本が主導権を握ろうとしたのかどうかという点。もう一つの側面は、やはり、日中、日ロのぶざまな首脳会談だ。
*確認できなかった「日米同盟」の結束
結論的にざっくりとした言い方を許してもらえば、戦後日本は「日米同盟」を外交政策の基軸に据えた。そのうえで、軽武装・経済重視路線をひた走った。日米基軸という政策選択は間違ってはいなかったと思う。これによって、日本の安全と平和が保たれ、高度経済成長を果たした。
鳩山由紀夫前首相の「普天間」迷走によって、日米間に戦後最大といっていい亀裂が生じた。今回、オバマ米大統領は、子どもの頃の思い出を踏まえて、鎌倉の大仏を見に行き、その味を覚えていたという「抹茶アイス」を堪能した。
抹茶アイスでオバマ大統領の対日不信感が溶けたのだとすれば、これほど安上がりのことはない。いうまでもないが、それは完全な冗談であって、オバマ大統領が日本重視の姿勢に転換した形跡はない。
まして、中間選挙の民主党敗北によって、オバマ政治はますます「内向き」になるだろう。日本など構っていられるか、という思いが強いのは事実と見ていい。中国との間で話がつくのなら、わずらわしい日本など放っておこうという気持ちになったとしても無理はない。アメリカは国益最優先で動くのである(どの国でも、それが当然のことなのだが)。
*自由貿易と農業保護両立の覚悟はあるか
APECは「Asia-Pacific Economic Cooperation」の略である。日本語で訳せば「アジア太平洋経済協力」となる。新聞などでは、これに「会議」とつけて呼称としているが、そうしないと形がつかないためだ。
非公式のフォーラム的な形態といっていい。だからこそ、台湾や香港が「チャイニーズ・タイペイ」といったオリンピック式の呼び方で参加している。20の国と地域が参加する世界最大級の経済連携の場である。
1989年、オーストラリアの提唱でスタートし、アメリカ、中国、ロシアも参加している。今回、採択された「横浜ビジョン」では、APECを将来、共同体として発展させていくという方向が打ち出された。
APEC域内で「アジア太平洋自由貿易地域」(FTAAP)を実現させるとし、TPP(環太平洋経済連携協定)、「ASEAN+3」「ASEAN+6」の三つの枠組みで進めることを決めた。
日本はTPPの協議に加わる方針を打ち出したが、これは国内農業保護派にとっては容認できない方向である。どこまで国内論議が進んでいるのかというと、なんともおぼつかない。いかにも「場当たり主義」の菅外交の体質がのぞく。
TPPはシンガポール、ブルネイなど4カ国でスタートしたが、これにアメリカが参加を表明、オーストラリアなども加えた9カ国の協議が進行していく方向だ。これに中国が触手を伸ばし、日本も無関心ではいられなくなった。
自由貿易の旗を掲げながら、いかに国内産業の活性化を維持していくかという高度な政治経済テーマである。そのことへの厳粛な認識がどこまであるのか。
*日米同盟の堅持以外に日本の選択肢はない
「ASEAN+3」はASEAN10カ国に日本、中国、韓国が加わったものだ。ASEAN+6は、これにさらにインド、オーストラリア、ニュージーランドが加わった。
これもまたざっくりとした括り方でいえば、アメリカはAPECを基盤に指導力を発揮しようとし、TPPに熱意を持っている。中国はASEAN+3、+6を主導しようとしている。
その間にあって、日本はどう動こうとするのか。そこが試されている。
基本的にいってしまえば、日米同盟を強固なものにしていく以外に日本の選択肢はない。安全保障も経済も国際政治も、である。
それはまた東アジア諸国の願望でもある。巨大中国の軍事膨張戦略に対抗できるのは、日米同盟しかない。東アジアのほとんどの国々は、日本に対し、アメリカとの同盟関係を不動のものとし、中国と対峙(たいじ)してほしいと願っている。
菅政権にそうした国際認識があるのかどうか。そこがなんともあやうい。
普天間移設ぐらいの話で(とあえて言うが)、アメリカとの合意をいったん棚上げし、菅政権になって再び日米合意の線へ戻るといった迷走を続けていたら、アメリカの対日不信が解消するわけがない。
沖縄知事選の結果によっては、日米関係はさらに悪化の一途をたどりかねない。「横浜ビジョン」を誇らしげに発表した菅首相だが、その裏で「強固な日米同盟」が本当に再確認されたのかどうか。
*重大な岐路に立つ日本外交
国際関係論の講義のようになって恐縮だが、国連は第二次大戦の戦勝国を軸に米英仏中ロの「P5」(安保理常任理事国)が中心だ。戦略核を有する5大国である。日本は依然として「敵国条項」が残る中で、なんとか常任理事国入りをと願ってはいるものの、道は遠い。
G8(主要国首脳会議)は「P5」から中国を外してカナダを加え、敗戦国の日独伊が加わった構図だ。もともとは経済サミットだから、本来は日本が相当の存在感を示せる場なのだが、中国も加えようといった話が出る始末だ。サミットの首脳集合写真では日本の首相はたいていの場合、端の方である。
APEC、FTAAP、TPPといった場は、アメリカと日本が緊密に連携し、同盟強化の実を示すことが可能な舞台である。これを成し遂げられれば、環太平洋の勢力地図は大きな転換を迎えることが可能になる。
菅政権にそうした日本の行く末を左右する重大な転換点にあるのだという認識とパワーが備わっているのかどうか。
*無残な失敗に終わった日中、日ロの首脳会談
横浜APECのもう一つの側面、日中、日ロの首脳会談は、いまさら言及するのも嫌になるほど、無残なものとなった。
だいたいが、なぜあれほど会談実現にこだわったのか。前回も書いたが、「尖閣」「国後」という日本の主権への侵害行為に、なんらの「報復・対抗」措置も行わないというのでは、国家としての威信もなにもあったものではない。
日中首脳会談は直前になってようやく設定され、それも22分間だった。菅首相がペーパーを読み上げ、胡錦濤国家主席が仏頂面で聞いているという屈辱的シーンは、テレビを通じて国民に見事なまでに伝わった。
あの場面では、菅首相は相手に「謝罪と釈明」を求めなくてはいけない。「日中関係は菅内閣発足時点の良好なものに戻った」などと記者会見で述べた菅首相だが、国民の多くは、胡錦濤国家主席との「役者の違い」をまざまざと感じたのではなかったか。
会談設定をぎりぎりまで延ばすというのは、中国の常とう手段である。
*政府中枢の不可解な姿勢だけが、国民に映った
筆者が勤めていた産経新聞はかつて中国から追い出されていたが、その間、訪中団や要人同行などの機会があると、できる限りエントリーすることに心がけた。筆者も10回近くビザを申請した記憶がある。
最初からはねられる場合もあるが、ときに、記者団の出発時に羽田まで来てくださいと言われることがある。どっちに転ぶか分からないが、とにかくスーツケースを抱えて羽田に行く。
中国大使館の担当官が来ていて、「やはりだめでした」とやられる。他社の記者から慰めの言葉をかけられ、スーツケースとともに社に帰る。これで屈辱感を一段と味わわせるのが中国流である。そのくせ、だめかなと思われるケースで意外に認めたりもする。
「尖閣」も「国後」も何一つ解決していないのだ。それをなにごとも無かったかのような態度を取れば、先方はさらにカサにかかる。相手のキズに塩をつけて、なすり込むのが外交の鉄則だ。
「尖閣ビデオ」を流出させた海上保安官の逮捕が見送られたのは、国家公務員法の守秘義務違反に問うにはほど遠い実態だったためだ。捜査上はこれでいい。凶悪犯罪が行われたかのように大騒ぎした「菅―仙谷ライン」など政府中枢の不可解な姿勢だけが、国民には強烈に映った。
これでまた、支持率ダウンは間違いあるまい。すでに20%台となった調査結果も出ているのである。
杜父魚文庫
6715 横浜APECであらわになった菅外交の限界 花岡信昭
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