日本に海洋小説とか海洋文学というものがあるとすれば、作家は石原慎太郎しかいないだろう。作家は船乗りにはならないし、船乗りは作家にならない。両方に通じているのは慎太郎だけである。
彼の「落水」という作品――
<船から水に落ちる、ということの意味を本当に知っているのは多分、所詮、ヨット乗りだけに違いない・・・
ましてヨットがまともにセイリングしている時、船となんの繋がりもなしに水に落ちれば、あっという間に互いの距離は離れてしまう。もし荒天の際に誰か人が落ちたら、次の瞬間その隔たりはほとんど絶望的なものに違いない>
船乗りは常に危険と隣り合わせである。
<船員は、動揺する船舶を労働および居住の場とし、また危険な荷役漁撈等の作業を行なうため災害発生率が高い。死亡発生率は陸上産業平均の約11倍と最高の部類に属する>(財・船員保険会)。海へ転落死するものも少なくない。
“海の男”が減少している。
たとえばマグロ船の主力である19トンクラスのマグロ延縄漁船の場合、一年の殆どが春は那覇から夏は紀伊勝浦、秋冬は千葉の銚子とベ-スポ-トを移して、ひと航海2週間程度の漁を繰り返し、地元の港に帰ってくるのはお盆と正月くらいという厳しい仕事だ。
きつくて危険な仕事よりは陸(おか)に上がって仕事をしたいということなのだろうか。
<日本の外航航路の船員(外航船員)数は、1978年には4万4,000人を超えていましたが、日本経済の高度成長に伴って給与水準が高くなってくると、だんだん外国人船員にとって代わられるようになり、今では船舶職員を中心に5千人程度まで減ってしまいました>(日本船主協会)
産業空洞化ではないが、日本人船員へのニーズも低くなってきたのである。
<船員の国籍もさまざまですが、一番多いのがフィリピンの23万人、次いでインドネシアと中国が約8万人、トルコ6万人、ロシアとインドが5万5,000人と続きます。
こうした国の人達にとって、船員の給与は自国の他の職業よりも恵まれ、世界各国に行くことができるなど、魅力のある職業となっています>
全日本海員組合は外航船や遠洋漁船で働く船乗りと日本の海事関連産業で働く労働者でつくる日本で唯一の産業別労働組合だが、組合員8万人のうち日本人は約3万人、外国人は約5万人である。
そういう時代なのだと言われればそういうものかとは思うが、海で活躍する日本人が年々少なくなるのは淋しい限りである。
杜父魚文庫
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