臨時国会は当初の予定通り、3日に閉幕した。補正予算も成立した。菅政権はガタガタだが、予算を成立させたのだから、いわれるほどへたってはいない、という見方もできる。
政府提出法案の成立率はここ10年で最低の37・8%だが、補正予算成立ならあまり支障はない。支持率急落というのに、なぜこういう展開になっているのか。
この臨時国会のポイントはいくつかあるが、ひとつは、とかく問題発言の多い仙谷由人官房長官の不信任決議案を衆院で提出したことだ。11月15日である。自民党の国会対策の失敗であった。不信任案は民主、国民新党の連立与党に社民党も加わって否決された。
否決されることが分かっているのになぜ提出したのか。不信任案が否決されたのだから、仙石氏は「信任」されたということになる。
その後、野党多数の参院で問責決議案が可決されたが、衆院段階で「信任」されているのだから、怖くも何ともない。この翌日、16日に補正予算案は衆院で可決され参院に送付された。
野党側がハラを固めて、この政権を倒そうとするのなら、あとは参院段階で予算案をたなざらしにする以外にない。
そうすれば自然成立まで30日必要だから、菅首相は大幅延長を余儀なくされたはずだ。自然成立期間は国会が開かれていないと適用されない。
それを11月26日、参院で採決してしまった。当然、否決ということになるのだが、衆参の議決が異なった場合、両院協議会が開かれ衆院の議決を優先させることになっている。
かくして、補正予算はなんともあっけなく成立した。
ここが野党の国会対策の致命的なミスだ。参院でたなざらしにしておけば、12月中旬までの大幅延長となり、来年度予算の越年編成という事態に持ち込むことができた。
政権を追い詰めるには、それだけのハラを固めなくてはならない。朝鮮半島情勢が不穏になり、さらに、景気の足を引っ張るのかといった批判を恐れて、野党は大人の対応を取ってしまった。
これでは政変を起こしようがない。小沢氏はそういう政治状況をじっと見つめている。来年の元日も私邸での新年会をやるのだそうだ。さあ、どう動くか。
<<なぜ、支持率急落の菅政権が粘り腰を見せるのか>>
*支持率急落にも動じることのない菅政権
菅政権は支持率急落にもかかわらず、この臨時国会を乗り切ってしまった。最大の焦点の補正予算はなんともあっけなく成立した。
むろん、このコラムでも再三指摘してきたように、外交・安保政策をめぐる迷走は目に余る。国家戦略の欠落をあからさまにしてしまったし、国際社会での日本の地位低下も著しい。 ではあっても、内政だけの観点でみれば、菅政権はこのまま来年度予算編成をこなし、年を越す見通しだ。
支持率の20%割れといった事態にでもなって、菅首相が気力を喪失させ、鳩山前首相と同様に政権を放り出すということにでもなれば別だ。だが、菅首相というのは、やることなすこと、あたかも「ひとごと」のように見え、意外なまでの粘着力がありそうではある。
鳩山氏としれっと会談し、「支持率1%でも辞めない」と言ったとか、いやあれは友人から「1%になっても辞めるな」と激励されたのだということだとか、その程度の話が飛び交った。
なんとも危機意識を欠いた前首相との会談だったようだが、これですんでしまうのだから、政局はいかにも弛緩しているといったほうがよさそうだ。
*菅政権にプラスに働く仙谷官房長官の悪評
この臨時国会で自民党など野党は、参院で仙谷由人官房長官らの問責決議案を提出し、可決された。仙谷氏の一連の言動はメディアからも厳しく批判されているが、仙谷氏を追い込み、「悪者」扱いにしていけばいくほど、菅政権にとっては有利な状況が形成されていくという側面も見逃せない。
通常国会で野党はどう出るか。問責を受けた官房長官のもとで審議には応じられないとボイコット戦術を取るか。仮にそうなって、緊迫すればするほど、菅首相にとっては「やりやすい状況」が生まれる。
「元凶」の仙谷氏をぱっと更迭すれば、一気にガス抜き効果が生じることになる。官房長官の後任に蓮舫氏でももってくれば、政権の雰囲気はがらっと変わる。
仙谷氏は政権の危機を救った練達の政治家として評価が高まることになる。政治の世界、一つのシーンが終わることによる転換効果は意外なまでの作用を及ぼすものだ。
だが、その一方、仙谷氏への不信任決議案は衆院で否決されている。仙谷氏は衆院では「信任」されたことになる。仙谷氏が「なにがあっても辞めない」という態度を取っているのは、それだけの理由があるともいえる。
*腰砕けとなった野党側の菅政権追及
野党側が一枚岩で菅政権を追い込むのかというと、臨時国会の終盤に見られたように、自民党は野党第一党ではあっても野党すべてを同じ方向にリードしていく迫力や戦略に欠けている。
菅政権を追い込むのなら、参院で予算案を棚上げにすればよかった。採決したから否決となって、両院協議会の結果、衆院の議決を優先するということになる。参院で採決しなければ自然成立まで30日間引き延ばすことが可能になったはずだ。
そこまでの荒っぽい戦法を野党は取れなかった。朝鮮半島の南北砲撃戦や景気対策重視の声が、国会正常化を促した。
民主党側から南北砲撃戦を「神風だ」「天祐だ」とする本音が漏れたのも、けしからぬことではあるのだが、政局攻防戦だけ見れば当然の反応だ。何でも巧みに利用してしまうのが政治の現実である。
来春の政局を展望し、来年度予算審議が暗礁に乗り上げて菅政権は立ち往生し、予算と関連法案の成立を条件に「話し合い解散」となる、という見方がある。その可能性はなしとはしないのだが、予算審議の行方はどうやら公明党が握っている。
仮に予算審議の時点で解散となると、4月の統一地方選とのダブル選挙も浮上してくる。公明党はそういう流れを望むのかどうか。
タイミングが狂って、統一選が先行し、そのあと衆院総選挙ということになれば、公明党はもとより、自民党もいやがるはずだ。統一選で地方組織は疲れ切ってしまい、総選挙に向けて改めて戦線を立て直すのは容易ではない。
政権交代以来、公明党は民主党に近づきたがっていたフシがある。自公連立を経験し、与党であることのプラス効果を完璧に知ってしまったのだ。
だが、民主党の支持率ダウンで、公明党としてはどちらに向かって動くべきか、情勢を周到にさぐっているのではないか。いずれにしろ、自公蜜月の時代は終わった。「連立与党」はあっても「連立野党」はないのだ。
11月21日投開票の千葉県松戸市議選はすさまじい結果になった。民主党公認候補11人のうち9人が落選したのである。現職4人は全員落選だ。当選した新人2人もようやく下の方にへばりついて当選ラインを超えた程度であった。
「民主の看板さえあれば、だれでも当選」とまでいわれた一時期の旋風は完全に消えたといっていい。 野党としては、「好機」と見ているはずなのだが、自民党の場合、前回総選挙での惨敗ショックをいまだに引きずっている。
敗北した小選挙区の公認候補を決められないところが相当ある。各地で公募などをやっているものの、選挙態勢が盤石になったとはいい難い面がある。この実態が、どうやら国会攻防の迫力のなさを生む要因でもあるようだ。
*いまだに衰えない小沢一郎氏の政治力
小沢一郎氏の強制起訴は年内にはなさそうな気配だ。だが、年が明ければ、いずれ、その事態がやってくる。そのときが野党側にとっての千載一遇のタイミングという見方もある。
しかし、あの百戦錬磨の小沢氏のことだ。長い政治的蓄積をフルに吐き出して万全の対応をはかるだろう。小沢氏は若手議員との会合を重ね、衆院当選1回生53人による「北辰会」という新組織も誕生、その最高顧問に就任した。
小沢氏は今後、どう動くか。臨時国会で小沢氏の国会招致が実現しなかった背景を考えてみると、小沢氏の政治力は衰えていないと見ることもできる。
民主党とすれば、小沢氏を追い込みすぎると、離党―新党結成に走られる可能性を恐れた。そのあたりを小沢氏は読み切って、若手との会合では「党を割ってはいけない」と強調して見せた。
これで勝負がついた、ということになる。民主党内に小沢氏への離党勧告を求める声も出たが、これなどは政局の怖さを知らぬ者の言である。
野党側に「小沢新党」という強敵が誕生することになるのだ。そこから先、小沢氏がどう動くか、予測がつかなくなる。小沢氏には政界再編、大連立という選択肢が残されているのである。
検察審査会が小沢氏に対して2度目の起訴相当の議決を行い、強制起訴の方向が固まった時点で、多くのメディアは小沢氏に議員辞職を求めた。あるいは国会での釈明を要求した。
その後、議員辞職も国会招致も実現していない。きれいごとが優先するメディアの政治解析の薄さが表れたといったら言い過ぎか。政治というのは、道義や倫理が求められる対象ではあっても、現実の政治は道義や倫理では動かないのである。
その冷徹な政治認識がメディアには決定的に欠けていた。いま、「小沢氏は議員辞職せよ」と書いた論説委員は自らの不明を恥じるべきだろう。新聞がそこまで書いて、なんら実現しなかったら、その責任を感じなくてはおかしい。少なくも新聞の権威を低下させたことへの厳粛な認識を持つべきではないか。
改めて民主党の代表選挙を思いだそう。国会議員投票では菅氏と小沢氏は206票対200票で拮抗した。地方議員や党員・サポーターを加えた総ポイント数では菅氏が大きく引き離したが、やはり、政局を占ううえでは、国会議員票の僅差に着目すべきであった。
あの逆風下で小沢氏がなぜ国会議員200人もの票を得たのか。そこを冷静に分析していかないと、小沢氏の政治的パワーを見誤ることになる。
*小沢氏の動き方が菅政権の命運を握る
強制起訴された時点で、小沢氏がどういう政治的立場に追い込まれるのか、その実際の姿を想像するのは、実は難しい。多くのメディアは刑事被告人が政治的に動けるわけはないと短絡的に見ているのではないか。
これまでにだれも経験したことのない光景が現出するのである。本当に大方のメディアが想定するように、小沢氏の政治力がゼロになってしまうのかどうか。これまでの小沢氏の言動を見ると、そうはならない可能性も相当程度にあるように思える。
ここが菅政権の行方、政局の帰趨を決めるポイントだ。小沢氏の動き方によって菅政権の命運が左右されるのであれば、やはり最高実力者は小沢氏だった、ということになるのである。正義感を振りかざすよりも、現実の政治力学を冷静に見ていくほうがいい。
杜父魚文庫
6815 菅政権が臨時国会を乗り切った理由 花岡信昭

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