言葉がひどく荒れている。今年の政治を締めくくるテーマはふんだんにあるが、やはり<政治と言葉>に着目したい。言葉の力で政治を推し進めるのでなく、乱雑な言葉にかき回された1年だった。
ところで、6月、当コラムの連続1000回を記念するパーティーが開かれ、作家の丸谷才一が次のようなあいさつをした。
「わが国の政治家は一般に言葉をあやつるのが下手でありまして、わたしは選挙公報に載っている文章を3行以上読むことはめったにありません。政治家のするあいさつはたいてい聞くに堪えない。
私がこれまで聞いた総理大臣級の人のスピーチのなかで最上のものは、中曽根さん(康弘・元首相)が舟橋聖一さん(作家)の会でなさったもので、感じ入りました。しかし、これはまったくの例外。もっともひどかったのは……。とにかく、わが国の政治は一般に言語的に貧しい。劣悪であるし衰弱している」
政治は<言葉の戦い>である。劣悪では乱戦、混戦になり、勝ち目もない。唯一、丸谷に称賛された中曽根は、先日、刊行された哲学者、梅原猛との対談集「リーダーの力量」(PHP研究所)のなかで、言葉について語っている。
「一番大事なのは、饒舌(じょうぜつ)であってはならない。短い言葉で簡潔に、本質を突くことが大切です。ところが、いまの政治家を見ると、何やら説明が多く饒舌だ。原敬(元首相)など昔の立派な政治家は、短い言葉、片言隻句で問題を解決していた。
小泉君(純一郎・元首相)は、それをちょっと真似(まね)したわけだ。あれは少々技巧にすぎる」小泉のワンフレーズについては、梅原も言っている。
「抜け落ちているのは、言葉に対する信頼性です。言葉が浮き上がっている。選挙に勝つために、『自民党をぶっ壊す』と言ってみたりすると、言葉が復讐(ふくしゅう)するのです。言霊が本当に自民党を壊しました」
そして、いま、民主党も危うい。首脳トリオのフレーズ、「(普天間移設は)県外、できれば国外がいい」(鳩山由紀夫前首相)、「消費税10%を公約に」(菅直人首相)、「一点のやましさもない」(小沢一郎元代表)が復讐され、あるいは復讐されかけている。信頼性を欠いていた。
言葉、恐るべしだ。先の丸谷はあいさつ文を紙に書いてきて読むので有名だが、別のところで、「政治家の場合は、失言ひとつで地位を失っちゃうわけですから。やっぱり準備しなきゃいけないですよ」と述べている。今年も1人、軽口で閣僚をフイにした。
最近は準備を怠り、即席で話す。気の利いたことをしゃべってウケを狙おうとすると、不用意発言が飛び出す。テレビ時代の影響で、即興的なアドリブに流れがちだ。
しかし、だれもがそうではない。筆者の知る限り、テレビ出演の際、細かな字のメモ書きを携えてスタジオに入るのは、中曽根と後藤田正晴元副総理の長老2人だった。メモを見ながら話すわけではない。
整理すると、言葉は饒舌でなく短く(中曽根)、しかし、短ければいいのではなく、信頼性がないと復讐される(梅原)から、要は準備が肝心(丸谷)だ。
丸谷は準備の成果として、「挨拶はむづかしい」「挨拶はたいへんだ」についで、先日は「あいさつは一仕事」(朝日新聞出版)とシリーズ3冊目を出版した。題名が平仮名に変わったのは、
「『挨拶』という字が読めない人が多くなっているんじゃないかと」ということです。(敬称略)
杜父魚文庫
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