超大国のアメリカはこれからどうなるのか。いま人気のあるのは「アメリカ衰退論」のようです。でもアメリカは本当に衰退していくのでしょうか。
米中枢同時テロでは、自らの危険を顧みないで被災者の救助に当たった消防士や警察官らの勇気に米国の力を見いだした人も多かった(ロイター)
■世界の規範、変わらぬ主導権
米国にとってのこれまでの10年はまずあの青い空を背景に巨大な旅客機がニューヨークの世界貿易センターに吸い込まれるようにぶつかっていった中枢同時 テロ事件に集約されるだろう。
2001年9月11日の大事件は米国の国のあり方を変えた。世界をも変えたといえよう。ごくふつうにみれば、その背後には唯 一の超大国としての米国のパワーのかげりという印象が広がる。
米国のアフガニスタンとイラクへの軍事介入も、9・11テロへの反撃であり、因果関係は大きかった。そしてその後、金融危機がより広範な経済不況と重なり、危機を広げる一方、つい少し前まで無名だった若手政治活動家が黒人として初めて米国大統領に当選する。
米国の内部での確実な激変、国際的な舞台での役割の後退、そして経済面での他の諸国の拡大をみれば否定のできない衰退-こんな大ざっぱな要因が21世紀の最初の10年間の米国の軌跡である。
だがこの複雑な軌跡をひとつの共通項でくくることは難しい。米国の衰えという表現ではつかめない現実が存在するのだ。
21世紀の出発点では米国は全世界の5%の人口で25%の所得を生んでいた。軍事費では米国一国で世界全体の半分近くを占めていた。文化にいたっては映画や音楽の普遍性が証するように米国の作品が世界を席巻した。
しかし10年が過ぎた現在も米国のパワーのこうした指標は根本的には変わっていないのだ。国際政治学者ジョセフ・ナイ氏は最新の論文で次のような趣旨を主張した。
「いまは世界の主要パワーという点では米国が衰退するという主張が流行のようだが、現実はそれほどでもない。中国やインド、ブラジルなどが国力を強め、米国の首位が相対的に縮んできたことは確かだが、米国を追い抜く国も、米国を超えて世界の規範になる国も存在しない」
◆同盟国との固い絆
ナイ氏は米国の今後の意外な強さをも強調し、過去の歴史で完全に衰退していった帝国と異なるのは、「多数の同盟国との固い絆の保持」と「民主主義という 普遍的で柔軟なイデオロギーの保持」の2点だと説く。この2点で米国は中国などとは異なり、国際的な主導権は今後10年ほどでは失わないというのである。
「新米国安全保障センター」研究員で米国外交の実践的な分析で知られるロバート・カプラン氏も昨年12月に発表した論文で米国の相対的な衰えを指摘しな がらも、米国のこれまでの「世界を主導する倫理的な責任感」を代替できる国はないとして、米国が外部への関与を大きく減らせば「人類全体への破滅的な結 果」が起きると警告した。
米国の21世紀の世界論では超大国の米国に決定的な打撃を与えた国際テロ組織「アルカーイダ」のような反国家、非国家の組織の役割も大きな新要因として 語られる。グローバリゼーションの波の中のNGO(非政府組織)や投機マネー、インターネットまで従来の主権国家の枠では律せられないうねりが国家を揺さ ぶり、まひさせるという議論である。
ところが9・11テロの直後に判明したのは、被害者の米国民らを救うのは米国という国家の警官や消防士だという結果だった。国連のような国際機関も、巨大な多国籍企業も、この種の危機には無力となったのだ。
◆中核の価値観を堅持
ニューヨーク・タイムズ紙の国際問題コラムニスト、トーマス・フリードマン氏はこの点について今後の世界でも「中核の価値観を堅持する健全な主権国家と しての米国こそが世界をリードできる」と国家の重みを説いていた。国家に反対する勢力が威力を増せば増すほど、一般国民からは主権国家の本来の責務がより 強く求められるという現象も次の10年の特徴となりそうである。
杜父魚文庫
6984 アメリカの10年後を占う 古森義久

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