菅直人第2次改造内閣が発足した。実現すべき大目標に、(1)TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加(2)税・社会保障制度の一体改革-の2つを掲げた。(1)は貿易立国、日本が生存を続けるためには不可欠の条件だ。(2)も財政窮乏化、社会保障費膨張の現実からみれば、切羽詰まった課題だ。
改造内閣では、(1)の責任者として海江田万里氏を経財相から横滑りさせて経済産業相とし、(2)の責任者として与謝野馨氏をたちあがれ日本から引き抜いてきた。
この課題設定と奇抜な閣僚人事に、菅首相の思い入れのほどがうかがえるが、実現はおぼつかないと見ざるを得ない。
そもそも、貿易の自由化と税・社会保障制度の一体改革は何十年も前から、日本政治の課題だった。それがなぜ、解決できなかったのか。その原因を究明し解決した後にこそ、課題が解決されると知るべきだ。
菅首相が正月にTPPへの参加を「平成の開国」と銘打って打ち出したとき、民主党の小沢一郎元代表グループに属する110人の議員は反対のために集結した。親分の小沢氏はかねて、FTA(自由貿易協定)の締結を急げと説いているのに、子分たちは知ってか知らずか、貿易政策の推進を非とし、政争の具としたのだ。
≪農水、農協、族議員TPP阻む≫
農水省はTPPに加入すれば、農業は壊滅する、と危機感を訴えている。鹿野道彦農水相も農水族で、TPP加入に消極姿勢を見せている。
農水官僚は農協団体と手を組み、鹿野農水相、農水族議員を糾合してTPP加入を阻止しようとしている。この政官癒着の構造こそが、日本の政治、経済活動を逼塞(ひっそく)させているのだ。
この病巣の剔抉(てっけつ)に取りかかったのは自民党の安倍晋三首相で、バトンを引き継いだのが渡辺喜美行革担当相(現みんなの党代表)だ。しかし、60年にわたる政・官の癒着を切り離すことはできなかった。民主党はその解決を“脱官僚”のキャッチフレーズに込め、2009年総選挙に大勝した。
解決のやり方は(1)国家戦略局(2)行政刷新会議を設置し、政治主導で財政政策を立て、行政改革を行う一方、官僚の人事評価をするために(3)「内閣人事局」を設けるというものだった。これら3つの考え方は渡辺代表もほぼ同様だ。
≪財務省に“洗脳”された首相≫
鳩山由紀夫前政権は発足早々に3点を盛り込んだ法律を成立させるべきだった。だが、国家戦略局の設置について、藤井裕久財務相が「局ではなく室でいい」と反対して、菅副総理が室長兼務となった。
後に財務相となった菅氏は完全に財務官僚に“洗脳”され、首相就任後、“脱官僚”政策には見向きもしなくなった。仙谷由人官房長官は当初、この政策に熱心だったが、突然、財務官僚と妥協した。辞める直前には、政務三役会議への事務次官同席を命ずるなど逆行し始めた観があった。
一方、与謝野氏は財務官僚が最も頼りにしてきた政治家だ。その発想と発言から、財務省の“回し者”とまでいわれた人物だ。
その氏が経済財政相となって、内閣官房副長官に長老の藤井氏が座る。脱官僚を担保する法律もなく、この布陣では、財務省仕様の税、社会保障政策ができるだけだ。
内容は、与謝野氏が税についても社会保障についても自民党の麻生太郎政権時代に発表している。民主党がそれでよければ、とっくの昔にできていたはずだ。
民主党は税を取る前に官僚の無駄を徹底的に排除しろと唱えてきた。蓮舫行政刷新相が事業仕分けや特別会計の見直しをやったが、生み出せたのは3兆8千億円ぽっきり。民主党は16兆8千億円が出てくると言っていたのにである。財務官僚にだまされているのか、民主党がホラを吹いたのか。
≪トータルの通商政策ない日本≫
日本には、トータルの通商政策というものがない。扱う物資が経産関連か、農水関連か、所管官庁によって、許認可が違う。判断の基準は、外国の事情より、国内の事情の一点で判断される。
WTO(世界貿易機関)は先にドーハ・ラウンドの取りまとめに失敗して、米国は貿易政策の矛先をTPPに変えてきた。ドーハ・ラウンドの最終段階で、日本は米国、EU(欧州連合)、インド、ブラジルの4カ国・地域の協議から排除された。日本には、具体的提案も前向きの発想もない、と判断されたのだ。
私も30年前、WTOの前身であるGATT(関税と貿易一般協定)の貿易交渉を取材していたが、日本人記者たちは、日本から来る役人、政治家を「マル・ドメ」と呼んでいたものだ。
まるっきりのドメスティック(国内派)の意である。貿易立国でありながら、世界の貿易動向にまるで目が行かず、自国内の都合だけで交渉に臨むのである。したがって農産物について、農水官僚は何が何でも「断る」のを旨とした。
TPP参加から、税や社会保障の改革まで、すべてにわたり、官僚主導の政治体制から脱却し政治主導に切り替えて当たらなければ、この国に将来はない。(ややま たろう)政治評論家(産経新聞【正論】2011.1.18 03:04 )
杜父魚文庫
コメント