*「3月危機」の後にやってくる「4月危機」
通常国会が1月24日、開会した。6月22日までの150日間、なにが飛び出すか予測不能の展開となりそうだ。
菅政権にとって、まず直面するのが「3月危機」だという。その中身は後述するとして、これに続いて「4月危機」もある。4月10日と24日に行われる統一地方選で「民主惨敗」となれば、菅首相(党代表)の責任問題が出てくる。
もっとも、何を持って民主惨敗というかたちになるか、そこが明確ではない。統一選の天王山となる東京都知事選で「自民vs民主」の対決構図となり、民主側が敗北すれば惨敗イメージが一気に出てくるが、都知事選の動向は不透明だ。
石原慎太郎知事の4選出馬もあり得るし、一方で民主党側の候補はいまだ決まっていない。
統一選が行われる44道府県や区市町村の首長、議会選挙のレベルではどうか。先に行われた茨城県議選や千葉県松戸市議選などで民主党候補がまったくふるわなかったことの再現にでもなれば、惨敗ということになるだろうが、地方選挙では「民主隠し」が展開される可能性がある。
つまり、民主党に逆風が吹きまくっていると判断すれば、あえて民主公認とせずに無所属で出馬するという作戦だ。そうなると、全体の傾向がはっきりしなくなる。
*「3月危機」の核心は来年度予算審議
という次第で、「4月危機」はひとまず脇に置いて、「3月危機」の実態を考えてみよう。いうまでもないが、来年度予算審議が最大のネックとなる。
予算と関連法案の年度内成立が可能かどうかという問題だ。予算案本体は衆院を通過すれば、30日で自然成立する。
年度内成立という意味合いが常に論議の対象となるが、これは必ずしも3月31日までに成立しなければならないということではない。現実には4月第一週ぐらいまでなら事実上の年度内成立ということになる。
予算が成立しないと国庫金を支出できないわけで、かつては「刑務所の食事代が払えなくなる」「いや、共済組合から一時的に借りればいい」などといった話がまじめに交わされたものだ。
4月第一週の成立のためには、3月第一週に衆院を通過させればいいことになる。たとえ強行採決でも衆院可決、参院送付となれば、参院で採決されなくても30日後に成立する。
問題は関連法案だ。成立がずれ込むと、民主党の最大の公約である子ども手当が新年度に支出できなくなるほか、特例公債を発行することも不能となる。
*菅政権に「ねじれ」が重くのしかかる
予算案以外の一般法案は「60日規定」が適用される。衆院通過後、60日たっても参院で結論が出ない場合、「みなし否決」とされ、両院協議会を経て衆院議決が優先される。
あるいは、参院否決の場合、衆院で3分の2の賛成があれば再議決できる。菅首相が社民党やたちあがれ日本などとの連立工作を仕掛けたとされるのは、衆院3分の2を獲得したいがためだ。
現状は参院で与党が過半数に達せず、衆院でも過半数は確保しているものの3分の2には足りないことから、その「ねじれ」が重くのしかかることになる。
仮に予算本体と関連法案を3月初めまでに次々と衆院で強行採決していったら、予算は放っておいても成立するが、国会は空転状態となる。60日規定を適用しなくてはならないことになれば、関連法案の成立は5月以降にずれ込む。
そうした事態になれば、国会はまったく機能せず、政権不信が一気に強まる。菅首相としては解散・総選挙で事態打開をはかる以外に打つ手はなくなる。だが、国民の不信が頂点にあるときに総選挙に打って出ても勝算はない。
となれば、内閣総辞職か。つまりは、菅首相に代わる新たな党代表を選出し、「クビのすげ替え」で局面転換をはかることになる。
*予想される綱渡り必至の展開
そういう展開を回避するためには、重要ないくつかの法案について、公明党など一部野党の歩み寄りを引き出して処理するという策もある。早い段階からの「修正協議」だ。だが、統一選を前にして、公明党などにとっては民主党政権に協力したと見られることが得策なのかどうか、そこは微妙だ。
つまりは、相当な綱渡り必至の展開となるのだが、子ども手当の支給中断などを覚悟しさえすれば、関連法案は2-3カ月ずれ込んでもなんとか追いつけるとする説もないわけではない。
その間、特例公債の発行ができなくても本当に大丈夫なのかどうか、そのあたりは高度な財政運営のテクニックの領域の話で、おそらくは財務省のプロ中のプロでなくては正解は出せない。
仮に2-3カ月遅れても対応可能ということになれば、いわれている「3月危機」の“危機度”は低下することになる。菅首相としては耐えに耐えて、「国会を空転させている野党の責任」をアピールすればいい。
とはいえ、現実に関連法案の成立が遅れれば、非難が一斉に浴びせられるのは必至だ。
*関連法案の成立が遅れれば、統一選への影響は深刻
子ども手当は民主党のマニフェストでは月2万6000円としていたが、財政事情から半額の1万3000円となっている。新年度からは3歳未満の支給額を2万円に上げることにしている。
子ども手当の支給法案は今年度末までの時限立法だから、成立が遅れると4月から支給できなくなる。その代わり、旧来の3歳未満1万円の児童手当が復活するかたちになる。
児童手当には所得制限が設けられていたが、子ども手当は制限を撤廃した。このため、自治体は世帯ごとの所得把握ができておらず、実務的には児童手当支給も困難とされる。
そのほか、中小企業の法人税軽減税率が適用できなくなり、住宅購入のさいの税軽減措置もなくなる。財政運営上は関連法案の成立がずれ込んでも対応できるとしても、統一選への影響を考えればことは深刻だ。
*新たに浮上した「与謝野問題」
「脱小沢」路線を貫徹し、「仙谷切り」にも成功した菅首相だが、予算審議の入り口で「与謝野問題」が浮上した。
自民党などは、与謝野経済財政相のもとでは審議に応じられないと態度を硬化させている。「問責閣僚」を切ることには成功した菅首相だが、それに代わる関門として与謝野氏の閣僚起用が審議入りの新たなネックとなるわけだ。
自民党は、東京1区で比例復活当選した与謝野氏の議席は「本来は自民党のもの」としており、本会議で演説した与謝野氏に対し「平成の議席泥棒」というヤジも飛んだほどだ。
与謝野氏が議員辞職すれば、自民党の比例名簿から1人が繰り上げ当選することになる。自民党側の攻撃があまりに強くなれば、与謝野氏は議員辞職し、民間人閣僚に衣替えするかもしれない。そういう、かつてなかったことが起きても不思議ではない国会だ。
*遅れをとったTPPへの対応
菅首相は施政方針演説で「平成の開国」「最小不幸社会の実現」「不条理をただす政治」の3課題を掲げた。 この基本方針に基づき、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加、社会保障と税制の一体改革について、いずれも6月までに方針をまとめるとしている。
6月までと期限を切ったのは意欲の表れとして受け止められているようだが、実態としては「先送り」と見るほうがいいのかもしれない。
TPP参加は民主党内にも異論が根強い。社会保障と税の一体改革は消費税引き上げを意味しているわけで、これも党内を二分する話だ。
TPPについては、農業保護の立場からの反対論やアメリカ追随批判がある。だが、いずれも本質をついた論議ではない。
この問題の核心は、むしろ、TPPをめぐり政治力を駆使できない日本の脆弱さにある。もともと4カ国でスタートしたTPPだが、アメリカが乗り出したことで一気に国際協定となった。
菅首相は参加方針を掲げたが、TPP側から「日本は仲間として見られていない」というのが実態だ。TPP側とすれば、日本が入ってくると関税ゼロ原則が貫けないとして、「日本抜き」で進めたい思惑が強いとされる。
少なくも、日本が参加方針を決定した場合、TPP側がもろ手をあげて受け入れてくれるかというと、そこがなんとも危ういのである。
日本にこうした課題をめぐる交渉パワーがあれば、もっと早い段階でTPPをリードする立場として敏感に行動していたはずだ。TPPが本格発足したとしても、明日から関税ゼロになるというわけではない。農産物や工業製品ごとにこまかな実施日程を詰めていく多国間協議が前提になる。
本来はそういう場で力量を発揮していかなければならなかったはずだ。GDPで中国に追い抜かれた日本は自由貿易体制の分野でも「無視される国」に甘んじることになる。菅首相にそうした点への冷徹な視点があるのかどうか、そこがこの政権の限界だ。
杜父魚文庫
7133 菅政権は「3月危機」を乗り越えられるか 花岡信昭

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