*あっさりと通過した新年度予算案
新年度予算案は2011年3月1日未明の衆院本会議で可決された。これによって、31日午前0時に自然成立することになり、年度内成立が実現する。
この展開は、正直言って面食らうばかりである。いくらなんでも、1週間ほど「早すぎる」のだ。自民党には菅政権を追い詰め、年度内成立をぎりぎりの局面まで引き延ばすだけの力量が欠落していたといっていい。
菅政権は明らかに追い込まれているのだ。メディアの世論調査では支持率20%割れも珍しくはなくなった。党内の亀裂も表面化した。
自民党はこの国会で衆院解散・総選挙に追い込むとしている。ならば、そのシナリオとパワーを見せつけてはどうか。
予算は衆院通過後30日で自然成立する。菅首相は予算案本体と関連法案を切り離して、予算案の衆院通過を急いだ。
実際には4月第1週に成立させることができれば、事実上の年度内成立として扱われる。新年度になって1週間ほど予算の空白状態が生じても、さしたる支障はないといわれてきた。
これはいってみれば、サラリーマンの給料が1週間遅れた場合を考えればいい。預金を取り崩したり、支払いを待ってもらったり、あれこれの工夫でなんとかなるものだ。
1カ月も2カ月も予算成立が遅れるような事態になれば、義務的経費だけの暫定予算を組むことになる。政策経費を抜きにしたものだ。こういう状態になれば、政権の脆弱度はいよいよ極まれりということになるのだが、ときの首相が踏ん張れば政権継続も不可能ではない。
何を言いたいのかというと、メディアや「世間」では、菅政権はもうアウトだという雰囲気になっているのに、当の永田町ではそうでもないように見受けられるのである。この「乖離(かいり)」はいったい何なのか。
*野党としての経験がない自民党
自民党幹部の1人がこう苦笑した。「なにせ野党の経験がほとんどないからねえ。何をどこまでやっていいのか、そこが分からない。審議拒否は国民の批判を浴びるし……」。
かつての55年体制時代には、万年野党第一党の社会党がときに長期の審議拒否戦術に出て、自民党政権を困らせた。衆参両院で自民党が過半数を制していても、国会はそれなりに「荒れた」のである。
対決法案で国会が空転すると、自民党と社会党の国対幹部の間で、ひそかに「強行採決」のシナリオが練られたという。予算委員会で強行採決する場合は、おおむね午前11時半ごろが相場だった。そのタイミングを逃すと、11時50分からテレビ中継は天気予報になってしまうからだという笑えぬ話もある。
強行採決をやるという話は幹部だけに伝えられ、その日はもみ合って破かれてもいいように一番古い背広を着ていった、などという話も記者時代には耳にしたものだ。
膠着状態に陥ると、どうあがいても国会は動かなくなる。強行採決によって、野党は激しく抵抗し非難するが、一晩寝ると、国会は正常化される。これが大人の政治の「知恵」であった。
*中井洽衆院予算委員長の解任決議案がガス抜きに
そういう「談合なれあい」の国対政治が過去のものとなったのは結構なことなのだろうが、予算の年度内成立をかくもあっさりと認めてしまう自民党は、あまりに「上品」すぎないか。
前述したように、1週間ほど延ばすぐらいのことをやっても、事実上の年度内成立になるのである。3月31日に成立するという絵にかいたような理想的な予算審議をなぜ許す結果になったのか。
2月28日―3月1日の一昼夜の攻防戦は中井洽衆院予算委員長の解任決議案が軸になった。与党は衆院では圧倒的多数を確保しているのだから、本会議でこれが認められるはずはないのだ。
民主党内の造反で解任決議が通るような情勢であったのなら、まだ分かるが、そうではなかった。衆院本会議であっさりと否決され、そのまま深夜の本会議となった。
55年体制時代の強行採決と同様に、解任決議案の提出―否決が一種のガス抜き効果を生んだのである。こうして午前3時半、予算案は衆院本会議で可決された。
*民主党内の「菅おろし」も終息へ
政権にとって、予算成立が最大の仕事といっていい。年度内成立を確定させた以上、民主党内の「菅おろし」の動きは封じ込められることになる。
予算案可決の衆院本会議には、小沢氏系の民主会派離脱組16人が欠席した。政権にとって最も重要な予算案採決に造反したのだから、これは深刻な事態であるはずだ。
だが、執行部が決めた「処分」はリーダーの渡辺浩一郎氏が「党員資格停止6カ月」、ほかの15人が「常任幹事会名の厳重注意」というなんとも甘い対応であった。
民主党の倫理規約によると、党議違反などに対する処置として「措置」と「処分」がある。渡辺氏の場合は3項目の処分のうち最も軽いもので、ほかの15人は5項目の措置のうちの2番目に軽いものであった。
小沢氏本人は本会議に出席し、予算案に賛成票を投じた。これも執行部の判断を甘くさせた要因だろうが、いずれにしろ、党内の亀裂を覆い隠そうという思惑が働いたのはいうまでもない。
小沢氏は中井氏に対する解任決議案採決の本会議には欠席したが、予算採決では賛成した。この行動も見逃せない。小沢氏はこの局面では、菅首相退陣や解散はあり得ないと踏んだのである。
*関連法案処理に至るまでの時間を得た菅首相
そこで、問題の予算関連法案である。26本の一括処理を避け、住宅取得のさいの登録免許税の軽減措置など国民負担が重くなるような「日切れ法案」をまず分離して、議員立法などによって野党の譲歩を誘う作戦だ。
子ども手当は年度内に成立しないと、以前の児童手当に戻ってしまうため、これも修正で乗り切る構えらしい。特例公債は新年度早々からは発行できなくなるが、これは2-3カ月遅れても、財政運営には支障がないとされる。
つまりは、菅首相には、いざとなれば4月の統一地方選が終わってからの関連法案処理という策も残されているのだ。統一選までは対決姿勢を維持しなければならない公明党や社民党が軟化し、再可決に必要な衆院での3分の2ラインに達する可能性を読んでいるのである。
さあ、そう考えていくと、自民党は解散に追い込むだけの手法やタイミングをどう認識しているのか、そこがなんとも見えてこない。
統一地方選が終わった後だと、どの政党もそうだが、総選挙は避けたいという思惑が強くなる。地方議員や組織が疲れ切ってしまって、ただちに総選挙態勢を構築するのは難しいのだ。
*対立軸が不明確な統一地方選
自民党は統一地方選の天王山である東京都知事選でも、対応に苦慮している。「自民vs民主」の構図をつくって大勝すれば、菅政権直撃となるところだが、どうもそういう状況にはない。
石原慎太郎都知事は4選出馬を断念したようだ。長男の石原伸晃自民党幹事長は「家族としては引退、党としては4選出馬を」などと言ってきた。
石原知事が4選を狙い、民主党から蓮舫氏あたりが出馬して自民・民主激突型になれば、天下分け目の決戦といえたのだが、松沢成文神奈川県知事の出馬表明で一転した。
松沢氏はかねてから石原知事と近く、首都圏連合構想などで同じ基盤に立っている。その背景に、神奈川県では初の知事特別秘書となった今岡又彦氏の存在があった。
今岡氏は大手広告代理店・東急エージェンシーでテレビドラマ「西部警察」の企画に携わり、石原ファミリーとの縁が深い。松沢氏の知事就任と同時に神奈川県に臨時調査担当部長として入り、石原知事との連絡役を任じてきた。
松沢氏の都知事選出馬もその延長線上にあり、石原氏としては自身の後継者として位置付けたい思いが強いとされる。松沢氏はいうまでもなく元民主党衆院議員だ。今後の展開によっては、「自民・民主相乗り」も予想できないわけではない。
東京都知事選には、このほか、外食大手「ワタミ」創業者の渡辺美樹氏、共産党の小池晃氏がすでに出馬を表明、前宮崎県知事の東国原英夫氏も立候補する構えだ。
都知事選がこうした顔ぶれで争われることになると、政党対決色が薄くなる。統一選全体では民主党は退潮傾向にあるが、都知事選のこの構図は、結果がどうなろうと菅首相にとっては責任を問われずにすむことになる。
こうした状況下で、自民党は本当に解散・総選挙に追い込めるのかどうか。予算案の衆院通過になすすべもなかった実態を見ると、千載一遇のチャンスを逃しつつあるのではないか。
杜父魚文庫
7367 「解散」に追い込めない自民党の力量 花岡信昭

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