7578 石原慎太郎と高木敏子の「震災観」 岩見隆夫

作家の高木敏子さんの話を共感しながらしみじみと読んだ。「私が被災者の方にお伝えしたいのは、『時薬(ときぐすり)』という言葉です。時間はかかるかもしれませんが、必ず復興します。全く同じではなくても生活は落ち着いてきます。十万人が亡くなった東京にも、家は建ち草木は生えたのです。……」と語っていた。三月二十三日付『毎日新聞』の「希望新聞」ページ、〈がんばろう〉コーナーである。
こんな時こそ、言葉が熱を帯びる。十万人死去というのは、敗戦直前の一九四五年三月九日夜から十日にかけ、米軍のB29爆撃機三百数十機が東京に襲来した〈東京大空襲〉の被害だ。高木さんの母親と妹がこの空襲で亡くなり、敗戦十日前の機銃掃射で父親も亡くなった。以来六十六年の長い心の痛みがあってこその励ましだ。高木さん、七十八歳である。
〈時薬〉という言葉は辞書にないが、感じがこもっている。時がすべてを水に流すなんてあるはずがないが、薬効はあるのだろう。東日本大震災はこれから長い時を刻みながら苦難の道を一歩ずつ歩むことになる。〈時薬〉にも助けられながら。
高木さんはやさしい。対照的なのが石原慎太郎東京都知事の〈天罰〉発言だった。都知事選が始まっているので、石原候補の評価は控えるが、震災の復旧・復興はこれからが本番だ。それと深くかかわる発言の波紋を放っておくわけにはいかない。
石原さんは地震発生三日後の三月十四日、記者団にこう語った。
「日本人のアイデンティティーは我欲だ。この津波をうまく利用して我欲を一回洗い落とす必要がある。これはやっぱり天罰だと思う。
アメリカのアイデンティティーは自由、フランスは自由と博愛と平等、日本にはそんなものはない。我欲だよ。我欲、金銭欲だ。我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを(津波で)一気に押し流す必要がある。積年たまった日本人のあかをね」
前段では、
「去年いちばんショックだったのは、おじいさんが三十年前に死んだのを隠して年金詐取する。こんな国民は世界中に日本人しかいない」とも述べている。〈天罰〉はすぐに撤回、謝罪したが、世間の反発は強く、主要各紙の声欄には〈言語道断だ〉〈恥ずべき発言〉などの投書が載った。多くの被災者が涙と痛苦に耐え、奮闘しているさなかに、〈天罰〉は論外、怒りを買うのは当然だった。
だが、私の友人からは、〈政府や東電のゴタゴタにあきれはて、慎太郎の「天罰」呼ばわりにも一理あり、と感じています。……〉というハガキをもらった。〈天罰〉はともかく、石原さんの日本人批判に共感を覚える人は案外少なくないのかもしれない。
◇〈時薬〉の治癒力信じて 結果、〈我欲〉が薄まれば
このところ、〈我欲〉という言葉を石原さんは好んで使っている。先週も触れたが、都知事選に不出馬説のほうが強かったころ、某民放テレビのスタジオで(一月二十三日)、
「森喜朗元首相が『石原さんのもとで、もう一度東京五輪をやってほしい』と言っているが」と問いかけられると、
「そりゃあ、やりたいよ。しかし、いまの日本人はだめだ。総力戦ができない。強い意志がない。みんながその気にならない。我欲が入りすぎて何もできない」
などと日本人をこきおろした。昨年、二〇一六年のオリンピックを東京に誘致する陣頭指揮を執りながら惨敗したことが腹に据えかねているらしい。国民が燃えないから、いくらおれが頑張っても勝てないんだ、と。責任転嫁のきらいがある。
なぜなら、このご時世、オリンピックと言われても、国民は気分が乗らない。不況のなか、自分の生活を支えるのが精いっぱいなのに、スポーツのお祭りの旗なんか振れるものか、という国民感情のほうがよくわかる。そこを鋭く見極めるのが指導者のリーダーシップではないか、と言いたい。〈我欲〉のせいだけではない。
一方、昨夏あちこちで表面化した高齢者の所在不明事件は、石原さんに言われるまでもなく衝撃的だった。年金詐取はもちろん驚きだが、むしろ親子関係の崩壊がここまで進んでしまったのかという寒々としたショックである。〈我欲〉だけで割り切れるほど単純な話ではない。日本人、日本社会はどこにいくのか、と考え込まされた。
そして、大震災である。高木敏子さんは〈時薬〉の治癒力も手伝って必ず再生できると実感し、同じ七十八歳の石原さんは津波の力で〈我欲〉を洗い落とせと号令する。同世代でも大変な違いだ。
いま、日本列島はどんな状況かと言えば、石原さんの五輪発言と逆に、総力戦で大災害を克服しようじゃないか、という強い意志が示されている。みんながその気になっている。〈我欲〉で何もできないどころか、何かをやろうとしているのだ。
韓国の李明博大統領は、「災難に対処する日本国民の市民意識の高さは韓国にも教訓になる」(三月二十一日のラジオ演説で)と称賛し、欧米各国の首脳も日本人の結束力と沈着冷静な対応をほめている。
石原さんが〈我欲〉に怒るのはわからないではない。戦後、日本人は物質的な豊かさを一途に追い求め、身勝手な自由・平等に安住したあまり、利己的な風潮が根を張ったのは間違いない。そこから信じがたい社会現象や犯罪も起きている。
しかし、石原さんが言うほど、〈我欲〉だけに染まり切った国民でないことは、大震災のあとこぞって示した国民的な結束力によって証明された。日本社会が生まれかわる大きなきっかけになるかもしれない。
だが、それは大津波の天罰で〈我欲〉を洗い落とせ、といった精神運動みたいなことではない。お互い助け合い、いたわり合う気持ちがこんなにあったのだと確認できたのが貴重だ。結果として〈我欲〉が薄まれば、いい。
<今週のひと言>
放射能は怖いが、何か被災者のためにできることはないか、とみんなが思っている。(サンデー毎日)
杜父魚文庫

コメント

  1. リリー より:

    そうですかね…発言内容はすべて確認されたのでしょうか?
    天罰発言はマスコミは石原氏の発言の一部分を取り上げ、捻じ曲げ報道しただけのような気がします。
    氏は、大地震の際起きた強奪事件や昨今話題になった親の年金を不正受給するという件についても発言の中で言及しています。
    これまで蔓延していた、自分さえよければいい、というような風潮を批判したのではないでしょうか。
    日本人としてのモラルを問う発言です。
    そしてこんなときだからこそ、みなで協力し合い、本来もっていた日本人としての誇りを取り戻そうという意味が込められているのではないでしょうか?
    まぁ、言い方はきついですけどね…汗
    でも、ミスリード続きの政府が頼りないこの非常事態に、石原都知事のような人は貴重です。
    御幣をまねく発言もありますが、この人ほどリーダーシップを発揮してくれる人物は今の日本にはいないでしょう.
    早くも被災地と連携をとって被都民ボランティアの派遣や、被災地や企業支援の緊急対策の財源として1,000億円を確保するなど、次々と行動してますね。
    政府のあいまいな対応が続く中、正常に機能しているのはこの人くらいでしょう。
    都知事選も始まりましたが、この震災での騒動が続く中、東京都の中心人事が大きく動くのはリスクでしかありません。石原さんに今季も続投してほしいですね。
    私は個人的には応援したい人物です。

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