7819 「阿比留ブログ」2500万アクセス突破に思う 花岡信昭

産経が運営する「イザ・ブログ」でナンバーワンの人気を誇る阿比留記者のブログが2500万アクセスを突破したという。

まことにもって、慶賀にたえない。阿比留君、おめでとう。新著の売れ行きも好調のようで、喜ばしい限りだ。このイザ・ブログは新聞社がいかにネット社会にかかわっていくかの実験場として設置されたといっていいのだろうが、阿比留記者はみごとに社の方針に貢献されている。
こちらは、阿比留記者とは20年ほど違う世代の政治記者OBだが、われわれの時代にはなかった新しい感性を政治報道の分野に持ち込んだ功績も評価されていい。
当方も後輩の産経幹部に請われて、ささやかなこのブログを続けているが、やっと200万アクセスを超えたところである。阿比留記者の10分の1にもならない。
だから、阿比留記者の偉業達成を祝したいと思う。そのことを前提にして、ずっと書きたくても書けないままきたことをあえて書く。
4月12日の菅首相の記者会見に関することである。
阿比留記者が菅首相にきわどい表現で退陣を求め、ネットの世界ではかなりの話題になった。この件を伝えたJ-CASTニュースはこんな記事だった。
「なぜ、地位にしがみついているのか」菅首相、記者会見の質問に不快感(2011/4/12 20:25)
菅直人首相は2011年4月12日、記者会見を開き、福島第1原発事故の対応や統一地方選前半の民主党大敗をめぐり与野党から退陣論が高まっていることについて、辞任を否定した。
会見は東日本大震災の発生から1か月がたった4月11日夕方に予定されていたが、同日午後の余震で翌日に延期されていた。統一地方選については、
「厳しい結果だったことは真摯に受け止めたい。責任については、後半が終わった上で改めて党でしっかりと検証する」
と辞任を否定。産経新聞の阿比留瑠比記者が「現実問題として、与野党協議の最大の障害になっているのが総理の存在であり、後手後手にまわった震災対応でも、総理の存在自体が国民にとっての不安材料になっている。一体何のために、その地位にしがみついているのか、考えを聞かせてほしい」
と批判を展開すると、「阿比留さんのものの考え方がそうだということと、私が客観的にそうだということは、必ずしも一致しないと思う」
「私とあなたのものの見方は、かなり違っているとしか申し上げようがない」と、不快感をあらわにした。
この日の会見では、菅首相は冒頭に「いよいよ復旧に入らなければならない。そして復興に向かわなければならない」
と述べ、震災への対応が新たな段階に入ったことを強調。前日までは確認できた国旗の喪章も取り外されていた。
以上が会見の記事である。産経配信によれば、このやり取りは以下のようなものであった。
産経配信記事(4月12日)-先ほど首相は「辞任をするのか」という時事通信記者の質問には答えなかった。現実問題として与野党協議にしても、最大の障害になっているのは首相の存在であり、後手に回った震災対応でも首相の存在自体が、国民の不安材料になっていると思う。一体、なんのためにその地位にしがみついていらっしゃるのか考えを聞かせてほしい
「阿比留さん(産経新聞記者)の物の考え方がそうだということと、私は客観的にそうだということは必ずしも一致しないと思っています。先ほどらい、申しあげていますように、震災が発生して、即座に自衛隊の出動をお願いし、多くの方を救済をいただきました。また、原子力事故に対しても、大変な事故でありますから、それに対してしっかりとした態勢を組んで全力をあげて取り組んできているところでありまして、私とあなたとの見方はかなり違っているとしか申しあげようがありません」 
阿比留記者によれば、このやり取りについて、社には賛否両論の意見が寄せられたという。それもよく分かる。首相に対して「なんのためにその地位にしがみついているのか」と質問するという事例を当方は知らない。
この一件はネットだけで伝えられ、新聞にはどこも載らなかった。当の産経も、このやり取りはもとより、一般記事としても掲載しなかった。
ということは、阿比留記者が意気込んで質問し、菅首相が不快感をあらわにして応えたこの一件は、ニュースにはならなかったのである。ニュースであると判断すれば、産経だけでも載せたはずだ。
記者会見はニュースを引き出す場ではなかったのか。それが、阿比留記者と菅首相の感情のぶつかり合いの場となってしまったのではないか。
そのことがずっと気になっていた。
内閣総理大臣というのは、いうまでもなく天皇陛下の親任を経て就任する重い地位である。だから、首相を辞めた後でも、改まった場では「総理」という呼称で呼ぶことが礼儀である。
ちなみに、これと同様のことは「大使」(特命全権大使)に対しても使われる。大使は天皇陛下の認証を得て就任し、国家を代表する立場だ。だから、退官した後も「大使」と呼ぶのが礼儀となっている。
阿比留記者の質問が新聞のトップ級の記事となるというのであれば、「しがみついているのか」という表現も許されよう。だが、まったくニュース記事にはならなかったことを見ると、このものの言い方は穏当を欠くのではないか。
いまの政治状況において、菅首相は辞めるべきであると考える点において、筆者も阿比留記者の認識と大差はない。菅首相が辞めれば、復興戦略、原発対策など、もろもろのことはいまよりもはるかにうまく進むはずだ。大連立に近い状況が生まれるかもしれない。
いま、首相官邸を担当する政治記者にとって、菅首相の退陣時期をさぐることが最大の取材テーマだ。「菅首相、あす退陣表明」というトップ記事をスクープできるかどうか。
おそらくは現役の政治記者たちはこれに「いのちをかける」思いなのではないか。首相の出処進退をめぐるトクダネを抜かれた苦い経験のある筆者としては、そう考える。なにせ、いまだに夢を見ることがあるほどの屈辱事態であった。
といったことをつらつらと考え、阿比留記者の快挙に水をさすつもりはないのだが、賛否両論の「否」の意味合いをちょっと立ち止まって考えてほしいと願う。
杜父魚文庫

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