7865 霊性の時代とアニミズム  古沢襄

「霊性の時代と天皇皇后の祈り (2011/05/10)」の続きになる。1992年のことだが西村肇東京大学教授が「ヒトは必ずしもコトバで考えるのではない。この新しい認識をきりひらくのは、まさにコトバの下手なわれわれ日本人ではないか」と問題提起をしていた。
人間には三つのタイプがあると思う。①モノを扱うのが得意な職人タイプ。②人との付き合いのうまい商人、政治家タイプ。③そしてコトバや観念を扱うのがうまい教師、法律家タイプ・・・と分類してみせた西村氏は、近代になって第一のタイプの”モノ人間”の中から技師や発明家や研究者が出てきたという。
この”モノ人間”が考える時の考え方は、”コトバ人間”の考え方とは違う。まず、コトバに対する根本からの不信感があるから、出来るだけコトバになる前のモノで考えようとする。オリジナルなことを考えようとすると、自然にそうなってしまうというのである。
西村氏の論は「日本文学に流れるアニミズム」特集の巻頭文にあった。アニミズム・・・晩年(といっても39歳の若さでこの世を去ったのだが)の作家・古沢元が追い求めた究極の世界だったので、私も影響を受けている。
1998年に「沢内農民の興亡 古沢元とその文学(朝日書林)」を私は発刊したが、その中でアニミズムについて次のように書いた。
<<興味があるのは、亀井勝一郎がよりどころとした日本の古典が「日本書紀」だったのに対して、古沢元は「古事記」をよりどころにしたことである。
亀井勝一郎は「日本書紀」と「古事記」の比較で、「古事記」は神話の世界だが、「日本書紀」は人間の自覚史だとの違いを強調した。亀井勝一郎は戦時下にあって、人間悲劇の歴史である「日本書紀」を小説を読むように愛読した。
古沢元は昭和17年(1942)の「正統」創刊号で「文学理念の探求」という小文で「単なる神話、伝説として扱うならば、古事記はそれだけのものにしか見えない」と断じて「奈良、平安、鎌倉、足利、徳川時代には、支那的な日本書紀だけが重んじられ、純日本的な古事記が無視されてきた」と嘆いた。
外来文化を日本的に包摂した「日本書紀」とは異なり、国学者の本居宣長、平田篤胤の反逆を経た古事記を再評価することを唱えた。そして古事記が持つアニミズムの世界に注目して、これが泉鏡花の研究につながった。>>
古事記については1996年に芥川賞受賞作家の田辺聖子が「古事記はすべての日本文学の出(い)できはじめの祖(おや)」「私たちが誇る民族遺産」と激賞している。
文学は、その国の人々が持つ世界観や自然観などを色濃く映し出すものだが、カナダ人やアメリカ人の研究家の間で「日本文学に流れるアニミズム」に関心が集まっている。そして泉鏡花、川端康成、宮沢賢治の小説が翻訳され読まれている。
アニミズムの語源は霊魂を意味するラテン語の「アニマ」なのだが、アンドレ・マルローの「二十一世紀は霊性の時代となるであろう。さもなくば、二十一世紀は存在しないであろう」の発言と重ね合わせると欧米人の中から「日本文学に流れるアニミズム」に関心が集まるのが分かる気がする。
文明民族でありながら、日本人には霊魂とか霊性意識が他国よりも色濃く残った。小林秀雄は「大陸から伝来した漢字に対抗する手段として、古語の持つ力を強調しようとする意図が働き、古語に秘められた言霊が残った」と解説している。
欧米文明はキリスト教の一神教の下で近代化を進めて成功した。欧米文明はキリスト教の理解なしには分からない。だが、そこに同根の砂漠の宗教というべきイスラム教が台頭して、二つの一神教の衝突で戸惑いをみせている。さりとて釈迦の仏教でも救いにはならない。
宗教では越えられない対立の壁の中で、ある意味では無宗教ともみえる日本人のアニミズム(それを意識している日本人は少ないのだが)に欧米人が関心を持つ構造が生まれているのではないか。
欧米文化の物質主義の洗礼を浴びながら、日本古来の伝統文化ともいえるアニミズムとの折り合いをつけるのが、アンドレ・マルローのいう「霊性の時代」なのだろうが、私にはまだその道筋が見えない難しい課題となっている。
杜父魚文庫

コメント

  1. momotarou より:

    希望の持てるお話で感激しました。

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