花がいい、と感じるようになった。何を改まって、と笑われそうだが、正直な気持ちである。花と言えば、〈花見酒〉ぐらいしか思い浮かばなかった、ゆとり乏しい青・壮年期を通過して老年期に入ると、何かと発見が多い。わが家は狭い庭でしかないが、これほどひんぱんに花が咲き替わるとは知らなかった。知ろうとしなかった、と言ったほうが正しい。
四月下旬の早朝、家人が庭から駆け込んでくるなり、「大変、とうとう咲きましたよ。咲きました。ほんと、うれしい。藤山さんが咲いて……」と大きな声を上げた。意味不明である。
「藤山さん?」
「そう、藤山愛一郎さんですよ」
まだわからない。聞いてみると、庭の隅に十数年も前、苗木を植えた〈ハンカチの木〉が、五メートルくらいに育ち、この朝、突然ぱっと花をつけたというのだ。
気付いた瞬間、財界の御曹司から政界に転じた藤山さん(一八九七-一九八五年)の品のいい顔がよぎったらしい。岸信介首相に求められて外相に就任した時、毒舌評論家の大宅壮一さんが、
「絹のハンカチを雑巾に使うな」と言って以来、藤山さんに〈絹のハンカチ〉のニックネームが付いたことはよく知られている。それが咲いた。
さっそく見上げてみると、これはこれは、何と表現したらいいのか薄い純白のハンカチを二つ折りにしたような形状の花が、はかなげにぶら下がっていた。長さ十数センチ、それが四つほど、いまにもポロリと落ちてきそうな風情でもある。
この〈ハンカチの木〉、中国の四川省、雲南省の海抜二〇〇〇メートルあたりの高地が原産地だそうで、日本では珍しく、〈幽霊の木〉なんて別名もあるという。花をつけるまで十年から十五年くらいかかるので、開花はさらに珍しい。実は花のようにみえて、ハナミズキと同様に、〈苞〉と呼ばれる葉っぱだ。
日本には東京の小石川植物園など数カ所にあるが、図鑑の記述によると、〈付き方が愛らしくユーモラスで、心地よい幸せな気持ちで全身を満たしてくれる〉のだという。決してオーバーな表現ではなく、以来、毎朝起きぬけに、まだ落ちていないか確かめにいくのが日課になった。
何もかも大震災に結びつけるのはいかがかと思うが、〈ハンカチの花〉は大いなる救いだった。私たち非被災者も相当疲れている。余震におびえ、放射能が気になり、何よりも日々、テレビをはじめ大震災情報の洪水(まるで津波)に呑み込まれそうだ。かれんな白い珍花はいっときそれらを忘れさせてくれる。
「けさもまだ付いてるぞー、ハハハハハ、立派、立派」--。
◇退役技能者・技術者が決死の覚悟で現場作業
ところで、やはり震災がらみだが、庭先のちっぽけな話ではなく、パンチの利いたプロジェクトのことである。知人から聞いて初めて知ったが、一部マスコミではすでに報じられているらしい。〈福島原発暴発阻止行動隊〉の結成計画が進んでいるという。
提案者は山田恭暉さん、七十二歳。かつて60年安保の学生リーダー、東大工学部冶金学科卒後、住友金属工業に入社、一九八九年退社後はボランティア活動に携わりながら、超小型水力発電などを手がけてきた。四月初めに発送したメール、郵便による山田さんのアピールでは、
〈最悪のシナリオを避けるためには、日本の最高の頭脳を結集した体制ができていないことは大きな問題だが、さらにもう一方では、最終的に汚染された環境下での設備建設・保守・運転のためには、数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け・孫請けによる場当たり的な作業員集めで、数分間の仕事をして戻ってくるというようなことでできる仕事ではありません〉
として、これまで現場での作業や技術の能力を蓄積してきた退役者の参加を提案している。退役の元技能者・技術者のボランティアなら身体面、生活面でも放射能被曝の害がもっとも少なくて済む、という考え方からだ。
参加の条件は、原則として六十歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること、の二つ。四月初めの呼びかけ文には、〈退役者たちが力を振り絞って、次の世代に負の遺産を残さないために働くことができるのではないでしょうか〉と悲壮感が漂っており、OBによる〈高齢者決死隊〉の趣でもある。
その後の報道でも、原発作業員の不足が深刻で、交代要員の確保が急がれているという。山田さん提唱のプロジェクトは、かつての技術者仲間が集まった会合で、「おれたちがやるしかない」と決まったが、危険が伴うだけに簡単ではない。山田さんは、
「なーに、死んだってたいしたことないよ。子どもも成人した世代だし。東電や政府の悪口を言っても、何も解決しない。切り込んでいかなきゃ。若いやつらに行かせるわけにはいかない」と覚悟を語ったそうだ(四月二十九日付『スポーツ報知』)。
何かできることはないか、と世代を超えみんなが思っている。戦時中は戦意高揚で〈一億一心〉なんて時期もあったが、戦後六十五年、こんな国民あげてのまとまりをみせたのは初めてに違いない。〈ハンカチの花〉にひと息ついている私のようなひ弱な傍観派は、たくましい行動派に脱帽するしかないが、この国をなんとか、という心情ではつながっている。
山田さんに電話してみた。五月三日現在の行動隊参加希望者は五十人、賛同者が二百六十人だそうだ。
「とにかく国家チームができないとだめです。名簿は政府に預ける。政府も微妙なところだろうが、私たちは点火の役割を果たす。小沢さん(一郎・元民主党代表)が先日、『決死隊を送り込まないと』と発言したのも、一つの反応じゃないですかね」
山田さんの連絡先、電話・FAX03-5659-3063、メールbouhatsusoshi@aj.wakwak.com
<今週のひと言> 〈テロの時代〉との決別か? ビンラディン殺害。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
コメント
山田さんの行動は映画「スペース・カウボーイ」でクリント・イーストウッドが演じた宇宙飛行士のようです。
「スペース・カウボーイ」は、現役を引退した宇宙飛行士たちが地球を救うために月に向かう映画です。
皆、高齢だが元気で勇気があり、自分達が地球に戻れないかもしれないことも知っていました。実際映画の中で一人は月で亡くなりました。
今の日本は国難を背負い、尚且つ世界に対する責任も果たさねばならない状況にあります。
山田さんをリーダーにした50名の行動隊、260名余りの賛同者の方々、1000人必要とされる国家プロジェクトにはまだまだ足りない人数だと思いますが、これから応援する人たちは沢山いるだろうと思います。
皆さんの勇気と行動力に敬意を表しつつ、記事を書いて下さった岩見さんにもお礼が言いたいです。
ありがとうございます。