7907 日本の価値観を最も鮮明に体現された天皇、皇后両陛下  桜井よしこ

藤原正彦氏が『日本人の誇り』(文春新書)で日本文明の価値を、欧米人が至高の価値とする「自由」や「個人」の尊重と対比させて、「秩序」や「和」に求め、こう書いた。
「(日本人は)自分のためより公のために尽すことのほうが美しいと思っていました。従って個人がいつも競い合い、激しく自己主張し、少しでも多くの金を得ようとする欧米人や中国人のような生き方は美しくない生き方であり、そんな社会より、人びとが徳を求めつつ穏やかな心で生きる平等な社会のほうが美しいと考えてきました」
「実はこの紐帯こそが、幕末から明治維新にかけて我が国を訪れ日本人を観察した欧米人が『貧しいけど、幸せそう』と一様に驚いた、稀有の現象の正体だったのです。日本人にとって、金とか地位とか名声より、家や近隣や仲間などとのつながりこそが、精神の安定をもたらすものであり、幸福の源だったのです」
東日本大震災は、こうした特質と価値観が東北の地に現在まで脈々と息づいていたことを示した。その日本人の姿を、日本に対して決して友好的とばかりいえない国々さえも賞讃した。
もう一つ、日本の価値観を最も鮮明に着実に、誰よりも早く体現されたのが天皇、皇后両陛下だったことも明らかになった。皇室の祈りと実践こそが、日本人のあり方や事象の根源にあると実感するゆえんだ。
月刊『文藝春秋』に川島裕侍従長が書いた震災直後からの両陛下の思いと行動は、日本の国のかたちを考えるうえで非常に貴重であり、読者の皆さんにもぜひ一読をお勧めしたい。
震災から6日目の3月16日、史上初めて、天皇陛下はビデオでお言葉を発せられたが、それは、皇室が常に国民と共にあり、国民のために祈り、励まし、精神的支柱とならんとしていることを示している。お言葉の一部はこうなっている。
「現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食料、飲料水、燃料などの不足により、きわめて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています」
国民の姿を雄々しいと表現されている。和に基づく秩序とともに雄々しくあらんとすることは日本を貫く重要な価値観である。大東亜戦争に敗れ、史上初めて他国の占領下に入ったとき、昭和天皇は国民に向けてこう発信された。1946年の歌会始でのことだ。
降り積もる 深雪に耐えて 色変えぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ
厳しい寒さの中に、凛として青々と立ち続ける松の雄々しい姿こそ、国民の姿であれと詠われたのだ。和と絆で支え合う日本国民は国難に直面するや最も雄々しい人々となる。課題に正面から向き合い、闘い、励まし合い、必ず立ち直る勁(つよ)い人々である。日本国民はそうして生きてきたのであり、常にそうあらねばならない。立派な国民であれ、雄々しくあれと詠われた。
政治が機能停止に陥っていても、日本では暴動も集団強盗も発生していない。中央政府の力強い施策を待ち望みながらも、地方自治体はいち早く、首長を軸に日常生活を取り戻す努力を始めた。そうした国民全員を天皇、皇后両陛下は、77歳と76歳の御身で毎週被災地を訪れ、励ましておられる。
戦後65年、最も大切な日本の価値観は失われてしまったのかと憂いてきたが、日本の根源的な価値観は残っていた。東日本大震災からの立ち直りに大いなる希望を持つゆえんである。(週刊ダイヤモンド)
杜父魚文庫

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