黒馬(ダークホウス)に周小川(中央銀行総裁)とクリントン(米国務長官)。ラガルド仏財務相が正式に次期IMF専務理事に立候補したとき(5月25日)、世界の世論は「おそらく波乱無く、問題もない」と予測した。
こういう事態が引き起こされたのはスカロス・カーン専務理事のセックスス・キャンダルによる。下半身の醜聞を追求しないフランスでも、この恥知らずな醜態は隠せなかった。
そもそもブレトンウッズ体制の基礎にあるIMFと世銀は欧米がなかよくシェアする指定席だった。IMF首脳人事の投票権の31%を欧州諸国が、17%を米国が握る。だから伝統的に欧米でIMF,世銀のトップを分け合い、世界経済の政策協調を主導してきた。IMFは欧州から。世銀は米国から。
したがって順当にいけば次はフランスから。サルコジ現政権の財務相をつとめるクルスチーヌ・ラガルド女史なら最適という下馬評がたった。
ラガルドは弁護仕上がりだが、元シンクロナイズ・スィミングの選手。しかもヨガの修練を積んでいる変わり者。ギリシア、ポルトガル債務危機に辣腕をふるった。
IMF専務理事は強大なポストであり、バブル時代の日本でさえ、自ら望んだことはなく、欧米は日本の出鼻をくじき、政治的に押さえ込むためにMIGA長官を新設した。MIGAなる組織は粗製濫造、表向き多国間債務保証機能を有するとされるが、事実上、なんら強大な権限もないお飾り。
往時の状況下で、勃興すさまじかった日本の経済力を制御させるために、欧米が意図して新造しただけだった。(ついでに言えば、初代MIGA長官となったのは当時、野村證券副社長だった寺沢芳雄氏、その後「日本新党」から参議院議員。いまは引退して豪に暮らす)。
▲嗚呼、日本はまったくお呼びもかからない!
にわかに先行きに暗雲が広がった。メキシコ中央銀行総裁のカルステンスが正式に立候補したほか、イスラエル中央銀行総裁のフィスチェルも立候補を模索している。
ラガルド優勢状況が怪しくなった。
第一に米国オバマ政権が依然としてラガルド支持を明示していない。そればかりか次期政権残留を望まないヒラリー・クリントンが、IMF専務理事のポストに魅力を感じているとするウォール街の観測もある。
しかも彼女は言ってのけたのである(ウォールストリートジャーナル、5月30日付け)。「伝統的にこうした国際機関のトップに女性が就くには欧州で抵抗があるのではないか?」と。
第二に中国の動向が、極めつきに「政治的鵺」の動きを示している。
中国は「もはやIMF世銀体制を欧米が主導する時代ではない。これは不平等であり新植民地主義であり、すでに中国の四大国有銀行のうち三行の時価総額は世界ランキングで十位以内に入っている。新興経済諸国がトップの人事を得ることもあり得るし、もし平等の精神を言うのであれば、中国にも権利がある」と豪語して、ラガルド優勢の状況に切り込んだのだ。
アルジャジーラ(5月30日)に依れば、中国は非公式に対抗馬擁立に動き、水面下でブラジル、ロシア、インド、南アと連絡を密にしているという。中国が擁立候補として打診しているのは周小川(人民銀行総裁)である。
あわてたラガルドは、急遽ブラジル、中国、インド、中東訪問を決め、最初の訪問国ブラジルへ向かった。中国がIMFの人事を巡る投票権ではまだ僅か。2012年から6%になる程度だが、BRICSがくむと手強い。
中国はBRICSをIMFに代替できる経済システムにできないかも模索している。経済の世界覇権をねらう野心も背後にほの見える。
それにしても、日本はまったく蚊帳の外、欧米の顔色をうかがい、中国の動きをむしろ羨望しているのではないのか。これでは世界第三位のGDP大国が泣くだろう。
杜父魚文庫
7943 IMF専務理事人事、ラガルド(仏財務相)が有力と下馬評は言うが 宮崎正弘

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