ときの首相が何代も続けて靖国神社を参拝しないと国民の関心が低下するのか、戦争をめぐる議論も劣化してしまう。17日のBS番組での中野寛成国家公安委員長によるいわゆるA級戦犯に関するトンデモ発言を聞いてそう思った。
中野氏は、野田佳彦財務相が「戦犯の名誉は回復されており『A級戦犯』と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない」と主張したことについてこう述べた。
「日本の歴代政府も戦犯と認めてきた。どういう意図かよく理解できない」
中野氏こそどういう事実認識に基づいてこんな発言をしたのか、よく理解できない。安倍晋三元首相は在任中の平成18年10月の衆院予算委員会で「国内法的に戦争犯罪人ではない」と明言しているではないか。
このとき、民主党の岡田克也副代表(当時)は「(A級戦犯は)日本における犯罪者と言わざるを得ない」と迫ったが、安倍氏は論旨明確に反論した。
「(法なくして罪なしとする)罪刑法定主義上そういう人たちに対して犯罪人であると言うこと自体がおかしい」「A級戦犯とされた重光葵元外相はその後勲一等を授けられている。犯罪人ならそんなことはあり得ない」
補足すれば、やはりA級戦犯とされた賀屋興宣氏は後に法をつかさどる法相に就いた。さかのぼれば連合国軍総司令部(GHQ)の占領下にあった昭和26年11月にも大橋武夫法務総裁(現法相)が参院法務委で「(戦犯は)国内法においてはあくまで犯罪者ではない」と答弁している。
一方、18日付の朝日新聞は社説「言葉を選ぶ器量を待つ」で「問われているのは刑を終えたか否かではなく、彼ら(A級戦犯)の行為が戦争犯罪かどうかであり、歴史認識である」と野田氏を批判した。
だが、仮に法律論ではなく歴史認識の問題だとしてもA級戦犯を十把一絡(じっぱひとから)げに論じるのは無理がある。
東京裁判ではインドのパール判事が被告全員無罪論を展開したことはよく知られるが、オランダのローリング判事も広田弘毅元首相、木戸幸一元内相ら5人を無罪とする意見書を提出している。朝日新聞こそ言葉を選ぶべきではないか。
ただ、野田氏にも自分の考えを表明した以上、それを貫く覚悟が求められる。
野田氏は昨年8月、菅直人首相が日韓併合100年にあたって出した謝罪談話に当初反対しながら、仙谷由人官房長官(当時)に押し切られ、閣議決定で署名してしまった。
安倍氏は今年7月上旬、ある会合でたまたま野田氏と同席した際、野田氏にこう忠告したという。
「あなたは歴史認識などでまともな考えを持っているのかもしれないが、腹の中で抱えているだけではダメだ。政治家ならば、それを現実社会で生かさなければいけない」
野田氏は「実現する力がついたらぜひやります」と答えたそうだ。それならば宿題を先延ばししても自分が苦しくなるばかりではないか。今こそ保守政治家としての気概を見せてほしい。(産経)
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コメント
こうした問題に歴史認識を持ち込むと話がややこしくなるので、法律論だけで話を片付けたい。A級戦犯の遺族にも公務による死亡として遺族年金が支給されている。戦後、GHQの指令で軍人軍属への恩給が一旦廃止されたが、昭和28年に「恩給法の一部を改正する法律」により、復活した。恩給法では、年金受給の権利がなくなる理由の1つに、「懲役乃至は禁固に処せられた者」があるから、遺族年金が支給されているという事実が、国内法では犯罪者として認定されていない事を証明している。中野、岡田両氏は勿論、朝日も事実認識云々のレベルではなく、無知なだけである。