新首相の野田佳彦さんには引き立て役がいる。前首相の菅直人さんと元首相の鳩山由紀夫さんだ。民主党政権になって約二年、私たちは政治批判、もっといえば鳩山・菅批判に明け暮れていたような気がする。批判疲れでうんざりしていたところに、野田さんがのっそりと登壇した。
のっそりがいい。さっそうだと、ああ三人目か、と思われたかもしれなかった。なぜなら、鳩・菅にはそれぞれ最初になにがしかのさっそう感と期待があり、それがあれよあれよという間に幻滅に切り替わっていったからだ。
就任記者会見で、新政権にニックネームを付けるとしたら、と問われて、野田さんは、
「どう評価していくかは皆様の受け止め方だと思う。キャッチフレーズやスローガンはあえて言わない。どじょうだ、なまずだ、という話はしない」
と答えた。どじょう、を繰り返したのはご本人ではないのか。しかし、まあ、それはいい。この発言を聞いて、鳩・菅の逆を行く作戦だな、と思った。
歴代首相は看板をどうするか、振り付けに腐心してきた。それぞれ何か言ったはずだが、ほとんど記憶に残っていないのは、気のきいたネーミングがなかったからだ。菅さんは、
「奇兵隊内閣です」と胸を張ってみせたが、失敗だった。たまたま父親の転勤で、奇兵隊率いた高杉晋作の長州(山口県)生まれではあったが、出身地(選挙区)は東京、皆さんピンとこなかった。
鳩・菅のテツを踏むまい、と注意するのは当然である。奇をてらわない、できもしないことは言わない、ウソをつかない。一方、やるべきことをはっきりさせる。言った以上は断固としてやる。少なくともやる姿勢を貫く。
しかし、野田さんには初人事で早くも疑問符がついている。党・内閣の新布陣を決めたあと、「代表選で『怨念の政治はやめよう』と訴えた。自分なりに心を砕いて党人事の骨格を決め、組閣をしたつもりだ。基本を押さえながら、そのうえで適材適所の人選をしたつもりだ」
と野田さんは自信のほどを語った。基本を押さえ、の〈基本〉とは何か。党内融和、つまりは菅さんが排除してきた小沢(一郎・元代表)グループも起用し、挙党態勢を整えるということだろう。
その結果、小沢グループから重鎮、輿石東参院議員会長を幹事長に据え、閣僚に二人起用、副大臣、政務官の配分でも優遇した。菅さんの〈脱小沢〉路線を思い切って転換したわけで、小沢さんに屈服した印象もある。
いまのところ、小沢批判勢力は沈黙しているが、その一人は、「結局、野田のアキレス腱になる。小沢の本当の怖さを知らないのだ」
と私に漏らした。そうかもしれないが、野田さんの〈怨念政治〉をストップさせる決断が、民主党政権の再生につながる可能性もある。しばらく様子を見るしかない。
◇主要五閣僚は未知数だ 法相、厚労相は問題発言
野田人事の疑問は、〈適材適所〉だ。こんな便利で適当な言葉はなく、歴代首相が人事のたびに好んで使い、そのつどシラケた気分にさせられた。言葉を厳選する野田さんなら、別の表現を工夫してほしかった。
組閣の顔ぶれをみると、グループ均衡、論功行賞が明らかで、それは仕方ないとしても、玄葉光一郎外務、安住淳財務、鉢呂吉雄経済産業、一川保夫防衛、藤村修官房の主要五閣僚は、その道の経験豊富な適材ではない。不適材とまでは言わないが、未知数である。玄葉外相は、
「外務副大臣をやったわけでもないし、皆さんが未知数と考えるだろう」と認めているが、唖然としたのは、旧農林省出身で小沢グループの一川防衛相、
「安全保障に関してはシロウトだが、これが本当のシビリアンコントロール(文民統制)だ」と述べたそうだ。失言を超えた、とんでもない倒錯した考え方だ。白紙で知識がない方が統治しやすい、と言いたいらしい。この国の防衛を到底お任せするわけにはいかない。
ほかにも閣僚の問題発言が続いている。平岡秀夫法相は死刑執行について、「国際社会の廃止の流れや、必要だという国民感情を検討して考えていく。考えている間は当然判断できないと思う」
と就任会見で語った。執行しないということだろう。おかしな話だ。死刑の是非を考えるのは結構だが、法に基づいて職務を果たすのはそれと別次元である。刑事訴訟法は死刑確定から六カ月以内に刑を執行する、と定めており、法相が法を守れないなら、法相を受けるべきでない。
大臣の執行命令を避けてきたのは、平岡さんだけでなく、前任の江田五月さんらもそうだった。一方で、死刑囚はいま過去最多の百二十人、国民参加の裁判員裁判でも八件の死刑判決が言い渡され、すでに二件が確定している。このままでは、法治国家がゆがむ。
もう一人、小宮山洋子厚生労働相の就任第一声が、たばこの値上げ提案だったのには驚かされた。初の女性閣僚として中山マサさんが厚相で入閣したのが一九六〇年(池田政権)で、以来半世紀ぶりという期待もあったが、ひどすぎる。
厚労行政は雇用、年金、医療、介護と、民主党のメーンスローガン〈国民生活第一〉にかかわる緊急テーマを多く抱え込んでいるというのに、枝葉のようなたばこ増税を真っ先に持ち出す政治センスにはあきれた。それも、
「一箱七百円台まで上げても税収は減らない」と言う一方で、
「税収のためではなく、健康を守るためにやるべきだ」ともおっしゃる。値上げすれば喫煙者が減り健康増進に役立つが、ただし税収確保の範囲内で、という論法だ。禁煙も進めたいが税金もほしい。そんなチョボチョボの話を、国難のさなかに……。野田さん、これでも適材と言えますか。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
8384 野田さん、「適材適所」ですかね 岩見隆夫

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