8393 最近の首相6人の「所信」 岩見隆夫

演説上手といわれる野田佳彦新首相、本当にうまいか。国民の心をつかめたかどうかが肝心だ。戦後の首相33人、いろいろな演説があった。30年も前になるが、麻生太郎元首相に祖父のワンマン宰相、吉田茂のスピーチについて聞いたことがある。当時、麻生は衆院当選2回、40歳だったが、言下にこう答えた。
「ああ、もうへただね。彼は政治家じゃない。たとえばね、総理大臣の所信表明、普通あらかじめ読むわけよ。彼は読まないんだから。本番でところどころ詰まったり、その程度なんだ。
演説の重要性とかいうことに対しては(認識が)なかったと思いますね。まあ、佐藤栄作さんにしても吉田にしても、役人あがりの人は演説で選挙の票をかせがなければ、ということはないし」
そう言われれば、官僚出身の首相は、おしなべてうまくない。官僚出でも池田勇人、中曽根康弘らは聞かせたが、戦後は戦前にくらべると不作である。
とはいえ、首相の初の所信表明演説は新横綱の土俵入りのようなもので、内外が注視する。国際化に加えて映像の時代、吉田のころと違う。しゃべり出しから工夫がこらされる。最近の6人(官僚出身はいない)をみてみると--。
 ▽「この度、私は、内閣総理大臣に任命され……」(安倍晋三)
 ▽「この度、私は、内閣総理大臣に任命され……」(福田康夫)
 ▽「わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、……」(麻生太郎)
 ▽「あの暑い夏の総選挙の日から、すでに2カ月が……」(鳩山由紀夫)
 ▽「国民の皆さま、国会議員の皆さま、……」(菅直人)
 ▽「第178回国会の開会に当たり、東日本大震災、そして……」(野田佳彦)
 久しぶりにパンチがあると評判になったのが麻生節、鳩山にはスピーチライターがついていた。
さて、野田演説である。「これまで積み上げてきた<国家の信用>が今、危機にひんしている」と述べ、3カ所に同趣旨の<国家の信用>がでてくることに、まず驚かされた。欧米に日本批判が激しいのは承知しているが、首相自らそれを認め、信用失墜を繰り返すほどなのか。
それなら、失墜の原因と信用挽回策を具体的に語らなければ、<国民の士気>に響く。首相は陣頭に立つ人であり、悲観主義者では困る。
<正心誠意>が初めとむすびで強調された。所信のキーワードだが、普通は<誠心誠意>、幕末・維新の政治家、勝海舟(1823~99)が自伝「氷川清話」に記した。いわば勝の造語だ。あれっ、と思った人が多い。それを借用するなら、断るべきだった。
所信演説で、歴史上の著名人を引き合いに出すケースが少なくない。野田は避けた。首相の考えを述べる場だから、先達登場はアクセントにはなっても、主張が弱まる。
先の6人では、福田、麻生が避け、安倍、鳩山の演説にはともに相対性理論のアインシュタイン博士(1879~1955)がでてくる。
安倍はアインシュタインの日本人礼賛、鳩山は絆の話、引用の中身は違うが、この20世紀の大学者の名が演説に重みを加えると判断したのか。菅は先輩の市川房枝から国際政治学者の永井陽之助まで、身近な人たちを6人も登場させた。菅らしい。
とにかく、首相交代のたびに言っていることだが、短命政権は国力を低下させ、それこそ<国家の信用>を落とす。野田の猛進に期待したい。(敬称略)
杜父魚文庫

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