鳩山政権や菅政権の「政策」の空疎や矛盾を竹中平蔵氏が鋭く論評しています。
<<【正論】慶応大学教授・竹中平蔵 鳩菅二代の負の遺産まず見直せ>>
社会や組織は、時に極端から極端へと振れる。鳩山由紀夫、菅直人という二代の民主党内閣が、大言壮語の末に殆(ほとん)ど成果を残すことなく崩壊したこ とを踏まえ、「どじょう」のように地味で黙々と政策を進めるという野田内閣の姿勢は、一応の評価を得ているようだ。しかし粛々と進めることと、官僚主導の 古い政策手法は紙一重であることも忘れてはならない。極端な官僚排除から、極端な官僚依存への回帰が懸念される。
≪極端な官僚依存回帰を懸念≫
野田首相は就任前の時点で、自民・公明両党の首脳と会談し、政策協議機関の設置を呼び掛けた。与野党協力の枠組みを作ることは重要だ。首相はこれまで混 乱していた経済政策の決定プロセスを、新たな「司令塔」に一元化する姿勢も示している。乱立していた委員会を「国家戦略会議」(仮称)に統合するという。 「枠組み作り」や「手続き整備」において、首相の方向性は評価されてよい。ただし、懸念がいくつかある。
第一は、かつての経済財政諮問会議のような首相を中心とする政策会議が作られたとして、そこで現実に首相の指導力が発揮されるかどうかはまだよくわから ない。当面の課題として環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への参加の問題があるが、すでに閣僚の間でも意見はまだら模様だ。
場合によって野田首相は、反対派を力で押さえ込むことも必要になるが、それができるかどうか。結局のところ、新首相には、党を割ってもこの政策を実現す る、という国家指導者としての覚悟が求められる。「どじょう」になることが目的ではなく、「どじょう」のようになって何を実現したいのか、その姿がまだ見 えてこない。
そもそも枠組み作りや手続きの整備は、まさに官僚の得意とするところだ。野田首相自身に元来、こうした官僚的思考が備わっていたのか、それとも官僚が背後で知恵をつけているのか…。過去2年の誤った政治主導から、その対極の官僚主導になりはしないか。
≪削減、改革なしのバラマキ≫
まず新首相がすべきことは、政権交代から2年間、民主党が国民の期待に応えられなかったのはなぜか、きちんと総括することだ。それを首相自身の言葉で分かりやすく国民に伝える必要がある。
もう一つの懸念は、このような枠組みで粛々と政策を進めるとして、その際の拠(よ)り所(どころ)となる指針自体に問題があることだ。拠り所が間違って いれば、いくら手続きが正しくても、よい結果は生まれない。つまり、過去の負の遺産(不適切な政策指針)の見直しを同時に行う覚悟が問われるのだ。
最大の負の遺産は、2009年総選挙の民主党マニフェスト(政権公約)である。17兆円の歳出を削減して新規政策に回すと言って実際は約10分の1の財 源しか捻出できなかったにもかかわらず、約束したバラマキを続けたことが、今日の財政危機を作っている。3党合意でどこまで見直すのか。
もう一つ重要な負の遺産が、社会保障・税の一体改革に関する政府・与党決定である。25年度までに約13兆円の主要な社会保障財源が不足するため、約5%の消費税の増税が必要だと示唆する内容だ。しかしこの試算は、二つの意味でバイアスがかかっている。
まず歳出面で、高所得者への年金給付抑制や支給開始年齢の引き上げなど揉(も)め事になりそうな項目の決定をすべて先送りしている。つまり社会保障改革 は、ほとんど行わないのである。一方で歳入の計算に当たっては、低い名目成長率を前提に、税収がほとんど増えないという想定になっている。
実質2%、名目3%の成長(これ自体高いとはいえない)を目指すとする政府の公式見解と大きく異なる。つまりコストを削減せず成長戦略は成功しないこと を前提に、「とにかく増税」を打ち出したことになる。こんな偏向した過去の指針に基づいて粛々と増税策を進められては困るのである。
≪「とにかく増税」で重税国に≫
「ワニの口」という。歳出の伸び(ワニの上あごの傾き)が歳入の伸び(下あごの傾き)より大きいままなら、いくら増税しても財政赤字(上あごと下あごの 差)は拡大を続ける-。この当たり前の問題を解決することなく増税を実施すれば、日本を間違いなく重税国家に導く。新内閣への批判として「増税内閣」「金 庫番内閣」といった表現がある。批判に明確に応えるため、新しい経済政策司令塔で過去の偏った政策指針をゼロベースで見直す姿勢が必要だ。
新政権には、少数ながら政策遂行能力が高いと期待される人材もいる。こうした人々が活躍すればするほど、党内守旧派や国民新党との軋轢(あつれき)が強 まろう。その時、首相は党のためではなく国民のために思い切った意思決定ができるのかどうか…。前述のように、党を割ってでも日本経済を救うという毅然た る姿勢を示してほしい。
その意味で、野田新首相が党代表選において、「私は民主党が大好きです」と述べた一言が気にかかる。「日本が大好きです」という意味であってほしいと思う。(たけなか へいぞう)
杜父魚文庫
8402 大言壮語の民主党政権 古森義久

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