余命三年といわれる骨髄腫の告知を受けて。間もなく九年目を迎える。三年前には10日間入院して胸から注射針で骨髄液をとり、背中から注射針で腎臓の組織を採取した。間違いなく骨髄腫なのだが、進行状態が緩慢な特徴がある。したがって制がん剤の投与もしていない。
九年前のことだが、市の健康診断で尿タンパクが出ていると告げられた。主治医から大きな病院で調べて貰った方がいいと薦められた。同じ尿タンパクでも悪玉の可能性があるので、血液内科と腎臓内科がある総合病院で再検査した方がいいというわけだ。
総合病院の血液内科の医師はデータを診て「胸に穴をあけて骨髄液をとりましょう」といとも簡単にいう。その結果が“骨髄のがん”といわれる多発性骨髄腫の告知であった。
骨髄腫なんて病名は聞いたことがない。十万人に二、三人という”難病”で、白人には少ないが、有色人種つまりは黒人や黄色人種に比較的多く、抗がん剤治療があまり効かない。告知後、三年が平均の余命だという。「まあ、仕方がないか・・・」と観念するしかなかった。
同じ頃、多発性骨髄腫の告知を受けた女優の小林千登勢さんが同じ病で2003年11月に亡くなっている。告知後、三年。制がん剤を服用すれば、もう少し寿命を延ばすことが出来たが、服用を断って亡くなったと聞いている。
私は腎臓内科と血液内科の二人の医師から毎月交代で診察を受けている。骨髄腫の進行状況は腎臓にまず現れる。最後には脳に及んで死を迎えるという・・・。だから腎臓病の治療に力を入れてくれた。尿酸値が高くなると腎臓に障害が及ぶとという。
この九年間の闘病生活で私の身体は感染症に罹りやすい体質になったので、人が集まる会合には出ないように禁足令が出ている。冠婚葬祭のすべてを”欠礼”せざるを得ない。
夏は私のような患者にとっては、新陳代謝が活発になるので体調が良くなる。9月の検査では血圧128-66,体重67キロ、聡タンパク6・6(基準値5・8ー8・1)、尿酸5・6(基準値0ー7・0)と優等生。「冬になると数値が悪くなるので、風邪だけはひかないように・・・」と腎臓内科の医師から言われた。
この九年間の体験でも夏から秋に移り変わる10日間が身体の変調をきたしやすい。涼しさを通り越して寒さを感じる機能が低下しているので、真夏のつもりでいると思わぬ風邪をひくのはこの時期である。とたんに血圧があがり、尿酸値も悪化してしまう。そろそろインフルエンザの予防注射も受けねばならぬ。自分でも感心するくらい用心深くなった・・・。
杜父魚文庫
8420 告知後九年目を迎える骨髄腫の闘病生活 古沢襄

コメント
お大事にして下さい。意味はちがいますが、憎まれっ子世にはばかるーーーとも言います。毒舌を毎日かかさないと、
健康によいのでは?