私が自身、高所恐怖症と知ったのは40歳を過ぎてから初めて訪れたニューヨークでだった。当時は未だ観光名所として有名だった世界貿易センター・ビルの最上階のレストラン。窓際席に招待された時。ふと窓の外を見ると、眼下をヘリコプターが飛んで行くではないか。猛烈な恐怖感に襲われた。
少年時代は結構、木登りもしたし、大学時代は高い山に登っても何の恐怖感も感じなかった。当時、日本は経済の高度成長期。東京や大阪では超高層ビルが建ち始めていたが、幸か不幸か、経済記者ではなかったので、そうしたビルに立ち入る取材はなかった。
ニューヨークへは友人の評論家加瀬英明氏に案内されて訪れたもの。ロスアンジェルスから入国したが、ここでは食事は地下のレストランに入ったから、高所恐怖症であることには気づかなかった。
やがて、NY入り。加瀬氏から「ビルの階数は数えるなよ、首が折れるから」と冗談。それくらい超高層ビルが乱立している。そんな中でも世界貿易センター・ビルは後に同時多発テロの標的にされたほど、飛びぬけて高かったのだ。
<ウィキ>によれば高所恐怖症(こうしょきょうふしょう)は、最も有名な恐怖症の一つ。高い所(人によって程度の差がある)に登ると、それが安全な場所であっても、下に落ちてしまうのではないかという不安がつきまとう病的な心理。
高所恐怖症は精神科医の手助けが必要な不安障害である。厳密に言えば「単に高い場所が苦手なこと」とは異なる(こちらは正確には「高所恐怖癖」という。高い場所で本能的に危険を感じ、怖がるのは正常な反応である)。
真性患者は全高1メートル弱の脚立の上でも身体が竦み、動けなくなってしまう。また高い所にいることを想像しただけで気が滅入る者もいれば、高所で作業している人間を見ただけで気分が悪くなる者もいるという。
私の症状は当にこれで、ビルの窓拭きをしている人を見てさえ恐怖を感じ、気持ちがわるくなるのだ。NYではモノは験しとエンパイア・ステートビルに登ったところ、屋上では足が竦み動けなくなった。
<極端な例を挙げれば、30階建てのビルの屋上から宙吊りにされれば、誰でも怖いわけで、こういう「危険が目に見えている状況」で怖がるのは本能として当然のことである。
むしろ、こういう状況においても恐怖を感じない方が病的なのではないか、と言う専門家もいる。このことから赤ちゃんは本当は「高い高い」が怖いのではないかという説もある(実際、TBS系のクイズ番組『どうぶつ奇想天外!』で同様の実験を行ったことがある)。>『ウィキペディア(Wikipedia)』
例のレストラン。窓際が最上の席と言って坐らされたが、こちらは怖くて気が気でない。出されたムール貝を急いで平らげたら「そんなにお好きならもう一皿」と薦められる始末。
窓に背を向けて何とか礼を失せずに済ませたが、出てきて加瀬氏が言った。「ボクも高所恐怖症なんだ」。驚いて顔を見た次第。
彼も私もその後、厭になるほど飛行機に乗ったが、なぜか飛行機は怖くない。飛んでいるのは平気だが、地面に建っているものの高いところほど駄目なのだ。実に、それこそ大人気(おとなげ)ない話だが、隠しても始まらない話だ。
その昔、岡田啓介首相をその機転で救出に成功した女婿迫水久常氏。
彼は相当深刻な高所恐怖症だった。池田勇人内閣で経済企画庁長官として、首相訪米に同行を命じられた。飛行機も苦手だった。
羽田からワシントンまでの機上では窓の外を見ないようにし、前の背もたれに掴まったまま、足許ばかりを見つめ続けたと、ご自身から聞いたことがある。
杜父魚文庫
8443 上空は平気な高所恐怖症 渡部亮次郎
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