今年も二カ月ほどを残すだけになったが、昨年に続いて〈中国の存在〉が気になる年だった。気になる、というのはいい意味ではなく、一種の重圧感、時に不快感であったりする。
昨年九月に発生した尖閣諸島沖の漁船衝突事件はまだ尾を引いているが、それだけではない。3・11東日本大震災で米国が支援の空母を日本近海に派遣すると、中国人民解放軍の幹部が、
「どういう意図か。日米間が急接近したのではないか。日米軍事同盟の強化だ」と警戒心をあらわにする。先日、NHKテレビのスペシャル番組で放送していた。
空母にひどくこだわる。中国も海軍の宿願である空母を、大連で建造中だが、「アメリカとは闘いたくないが、アメリカは武力で台湾を守るというので、(空母は)必要だ」
と中国首脳が同じ番組でコメントしていた。米台関係に神経を使い、そのからみで日米、日台の関係も気にかかる。
いま日本国内で熱を帯びているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)論議も、農業問題を中心とした表の利害得失論と別に、安全保障上の視点が重要だ。TPPには、米国がアジア・太平洋諸国と手を結んで、中国の台頭を牽制する狙いがあるのは言うまでもない。だから、日本がTPP交渉の参加を逡巡すると、こんどは米国が、
「同盟国を差し置いて、中国とのFTA(自由貿易協定)を先行させるつもりか」などと反発し、日米同盟関係がさらにギクシャクする。日米中の間の取り方はこれまで以上にデリケートな外交・防衛上の問題になりつつある。
ところで、先日の船旅で大連港に上陸し、満州動乱史の中心舞台の一つである旧大和ホテル(現大連賓館)を見学したが、ホテルは〈中山広場〉のなかに建っていた。さらに、北京では、〈中山公園〉に隣接する故宮博物院を訪ねた。中国、台湾のあちこちの公共施設に冠した〈中山〉は、中国革命の指導者、孫文(一八六六-一九二五年)の号で、銅像とともに数多く残っている。
孫文が三民主義を主唱して辛亥革命を起こしたのは一九一一年だが、その六年前の〇五年、亡命していた東京で中国革命同盟会を結成した。そのころ、東京・日比谷の宿屋に隠れ住み、たまたま通りがかりに見た一軒の表札の〈中山〉が気に入り、号にしたといわれる。
◇ひと筋縄ではいかない利己的大国の経済大国
干支で辛亥の年にあたる百年前の十月十日、中国の長江流域の武昌で清朝打倒の蜂起が起き、アジアで初の共和国である中華民国が建国され、三百年の清朝が滅んだ。辛亥革命である。中国近代史の扉が開いた異変だった。
革命の先頭に立った国民党の孫文は中華民国の臨時大総統に就任するが、清朝の軍閥、袁世凱との戦いに追われ、「革命未だ成らず」と有名な遺言を残して没した。その後の中国はややこしい。
孫文の後を継いで初代総統となった蒋介石は日本軍の侵攻にさらされ、中国共産軍との戦いに敗れて台湾に移った。かわって中国本土には一九四九年、毛沢東の中華人民共和国が成立、今日に至っている。
さて、辛亥革命百周年のこの十月十日、北京と台北でにぎやかな記念行事が催された。どちらでも孫文は〈国父〉と尊称されているので、双方、政治的に利用しないテはないという政治的な意図が明白だった。
中国共産党の胡錦濤総書記は、記念大会で、「中国共産党員は孫文先生の革命のもっとも忠実な継承者だ」と演説し、中台統一を呼びかけた。一方、台湾国民党の馬英九主席も、孫文の理想を達成したのは台湾で、いまのままでは中台の距離は縮まらない、と統一の呼びかけをかわしている。
また、北京の記念行事には、宮崎滔天、梅屋庄吉ら孫文を支援した明治末期の日本人の子孫が招かれたという。先日来、日本の若い芸能人の大歓迎ぶりといい、中国は日本に気を使っているらしい。TPPによる日米緊密化などを警戒しながら、日本をめぐる米中の綱引きが激しくなった印象なのだ。
日本の立場はむずかしいが、逃げるわけにはいかない。孫文の理想は、民族・民権・民生の三民主義の実現だが、共産中国の現状がそのどれともほど遠いのは言うまでもない。台湾にしても、蒋介石の独裁体制下では民衆にとって孫文思想など無縁だった。八〇年代末、名指導者、李登輝総統の登場によって、自由・民主・均富が実現され、ようやく三民主義に近づくのだ。
一九四七年制定の中華民国憲法前文では、〈中華民国を創立した孫中山先生の遺教に依拠して……〉とうたわれたが、遺教に近づくには、さらに四十年の台湾政争を経なければならなかった。
李登輝は旧制台北高校時代、改造社から翻訳出版された孫文の『三民主義』日本語版で、この思想に触れたという。自著『台湾の主張』(PHP研究所・九九年刊)のなかで書いている。
〈いまでも孫文の三民主義を優れた思想だと思うのは、民権主義(人民が政治に参加する権利)を唱えたことであり、そして普段から彼が口癖のように「天下は公のために」と語っていたからだ。
実はこの二つが中国人には欠落している。中国人は往々にして利己主義に走りがちであり、一方で個人を維持しながら、他方では社会としての調和を生み出すことが不得意である。……〉
私も中国と中国人に対してはそんな感じを長年抱いてきた。日本人に批判する資格があるかどうかは別として。
先日、北京の観光バスのなかで、中国人ガイドが、「いま大卒の初任給が日本は十五万円、中国は五分の一の三万円、しかし、中国は日本を抜いて第二の経済大国です。これから中国は必ず発展する」と誇らしげに言ったのが耳に残っている。ひと筋縄ではいかない利己的大国だ。
<今週のひと言>なにわの知事さん、力みすぎ。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
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