低迷する香港株式市場で異様に気を吐く今年度最大のIPO(新規株式公開)。投資家のカネが金(ゴールド)へ逃げている証明。「周大福」が35億ドル調達へ。
香港に観光へ行かれた人なら或いは知っているかも知れない。「周大福」という宝石商チェーンを。
この店の売り物は金の装飾品である。金地金も売っているが「周大福」の刻印はメルターの資格があることの証明。つまり金の延べ棒を自分のブランドで売り出せる(日本では住友、三菱くらい)。
ところが中国人の意識調査では、このブランド名は断トツに著名度が高い。
ちなみにCLSAが調査したところ、「百度」(パイドゥ)の検索回数をバロメーターとして、周大福より有名なブランドはルイビュトン、コーチ、シャネルの三つだけ。周大福より低いのがブラダ、ティファニー、カルティエ、ローレックスという結果が出た。
日本での著名度はほとんどないが・・・。
香港では路地から路地に、繁華街には二軒も三件も軒を並べて周大福が豪華インテリアの店舗を展開、客を吸い込んでいく。
2010年度の売り上げは45億ドル(ちなみにティファニーは、30億9000万ドルだった)。2011年予測は77億ドル。純利益が8億3500万ドルと予測されている。この77億ドルという金額が正しいとすれば、全マカオの博打のテラ銭と並ぶ。
▲ゴールドと宝飾品が売れている潜在原因は何か?
いまから40年前、この工場を見学したことがある。香港のネイザン通りにあって、もくもくと煙をあげて金のインゴットを溶かし、金の宝飾品を手作りで生産、販売していた。
いまも同店のベストセラーは金の細工されたネックレス、ブレスレットなどから、効果な七福神、大国様、弁天様など。招き猫も近年の中国では売れるようになった。
当時、見学した折の工場長が友人の、そのまた友人だった。店舗数はまだ香港に五店舗程度だった。香港は逃亡者、亡命者の街だから、次に何処かへ逃げ出すときに備えて金を買うのだろう、という程度にしか考えなかった。
日本でいえば銀座に煙をあげて、金のインゴットも生産している情景(江戸時代の銀座は金の改鋳、小判の製造をしていたが)に等しく、その後、工場は郊外へ移った。経済拡大のテンポがいかに凄まじかったかを物語る。
周大福は鄭裕丹という創立経営者がいまや80歳、息子は香港最大のデベロッパーのひとつ「新世界」を経営している。四半世紀前に、この創業社長の鄭氏に新世界の社長室でインタビューしたことがあるが、すでに虎視眈々として中国大陸への本格進出を狙っていた。
筆者は広東語ができないので、鄭氏の女性秘書が英語の通訳をした。「あの政治的反対者を許さない、自由のない国に投資して元も子もなくしたらどうするのか?」と聞くと、鄭社長はけんか腰で「われわれはおなじ中国人だ、本能的に遣り方がある」と答えたのを、四半世紀も経過したいまも生々しく思い出すのだ。
いまや周大福も経営トップが孫の世代に移りつつあり、とくにハーバード大学を卒業して、あのゴールドマンサックスで修行をしてきたアドリアンらが、株式上場を提案してきたという(ウォールストリートジャーナル、11月14日)。
株式公開に踏み切った最大の理由は現在、中華圏で1500店舗というチェーンを、さらに中国大陸の隅々にまで展開するための増資資金という。幹事行はゴールドマンサックス、HSBCなど。
先月もマカオで、繁華街に五軒、六軒と同じ「周大福」が競って店を並べている異常な光景を目にしたばかりだが、その隣が「押」の看板だったことも、さすがに博打場だけにユニークだった(広東語で「押」は質屋さん)。
この周大福の株式新規公開は、中国経済の未来を見事に物語ってはいないか。
世界の投資家はユーロ危機、ドル没落の現状から「もっとも安全な」日本円を買っている。世界最低の利率しかつかない日本国債とは逆に、通貨の日本円を買い続けるのはラストリゾートだからだ。
中国人は円ではなく、ゴールドが逃げ場である。それは庶民も投資家も、経済成長著しいはずの人民元を信用していないからではないのか。
杜父魚文庫
8656 「周大福」という宝石商チェーン 宮崎正弘

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