8685 TPP亡国論のウソとは 古森義久

さきに一部を紹介したTPP問題の権威とされる小寺彰・東大大学院教授の見解を紹介しておきます。日経ビジネスからの引用です。
<<「日本抜きのアジア経済秩序はあり得ない」小寺彰・東京大学大学院総合文化研究科教授>>
農業以外への影響は限定的
日本は全く問題にならないか。なるとしたらNTT(日本電信電話)、簡易保険、そして郵便貯金だろうと思う。これらの分野はなぜ問題になるかというと、 民間企業がやっているわけだが、レベルプレイング・フィールドという考え方が通商分野にはある。民間と国営企業が同じ土俵で勝負できるようにしなければならないということだ。これは特に米国に強い。
しかも現在、中国国営企業が海外で国の支援を受けて活動している結果、国営企業問題が大きくクローズアップされる可能性がある。当面のターゲットはベトナムだが、日本について言えばNTT、郵政、郵貯、簡保に焦点が絞られてくると思う。
よく問題になる単純労働や医療分野は、ほとんど問題にはならない。全く問題にならないかもわからないが、それは問題にしようと思えばできるからだ。投資 云々の話も、日本はほとんど自由だ。せいぜい問題になるとしたら、外国からの投資を規制している放送などの分野だけだ。ベトナムなどの国については自由化がなされていない。これは企業にとっては海外進出の絶好の機会となる。
こうして考えると、経済的に見て、日本の場合、農業分野に影響が出る。こういう形で徐々に自由化をしてきたのが日本の歴史だ。1980年代には電気通信。昔は電電公社が一元的にやっていたものが自由化されて民間企業がやっている。そして90年代に入ると、金融分野の自由化があった。21世紀に入ると公 共事業の予算縮小に伴ってその分野の自由化も相当に進んでいった。そういう中で、今度TPPで自由化の達成を迫られるのは農業だろうということになる。
ではその他の分野への影響は極めて限定的だろうというのが私の感覚だ。第3の開国などというのは言い過ぎも言い過ぎで、TPPを結んだ後、みんな議論したことを忘れるのではないか。農業の方はこれで良くなったと思われる方もあるし、これで困ったと思われる方もあると思うが、それ以外はほとんど影響はない だろう。
「ISDS」恐れるに足らず
投資分野の交渉には「国家と投資家の紛争解決(ISDS、Investor-State Dispute Settlement)」条項が含まれている。日本が米国企業に訴えられるのではないか、という懸念があるようだが、これは日本企業も使ったことがある。 野村証券がチェコ政府を訴えて、何千億円も請求し、勝ったことがある。それ以来、日本企業は使っていないが、今や先進国、途上国の企業はこぞってこれを使っている。これを使うことによって訴えられる国の制度が合理化されていくという面がある。
米国はいくつも訴えられたことがあるが、負けたことはない。他方、途上国が訴えられると非常に高い確率で負ける。それは制度の合理性の問題だろう。 ISDSで負けたとしてもお金の問題だ。何千億円も補償するケースはきわめて稀で、何十億円レベルの事件が多い。これは日本が訴えられることがあれば、受けて立てばいい。国際的に日本の制度について説明責任を示す制度だと考えればいい。日本が世界に冠たる国であれば、日本の制度がいかに合理的なものであるかを示すべきだし、もし合理的でないのならば、これは改めるべきだ。このことは我々がWTOで既に学んだこと。だからISDSについてそんなに恐れる必要はない。
他方、政治的な意味は大きいと思う。米国が言いだしたわけだから、これは日米同盟の強化だ。アジア太平洋の経済秩序作りという意味でも、これが原型になってくると思う。
そもそも日本を抜いてアジア太平洋の経済秩序づくりなどあり得ると思っているのか。私はこの点が疑問だ。APECを作ろうといったのは日本とオーストラリアだ。米国と東南アジアを巻き込んで1990年前後にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を作った。このAPECをさらに格上げする動きこそがTPPである。そこに日本がアジア太平洋経済秩序構想に乗らないなどということはない。本来は日米でTPPをやるべきだった。なぜ交渉が始まった段階で、日本が交渉に入るのか、入らないのかを議論しているのか、まったく理解に苦しむ。
すでに2年遅れ
オバマ米大統領が2009年に初来日し、サントリーホールでTPP参加について米国が本格的にやると演説した。実はあの時に日本もTPPに入ると言うべきだった。すでにもう2年遅れだ。この段階でまだ入る、入らないということを言っていることは極めて非常識だ。日本のポジションを一体どのように考えているのか。あまりにも内にこもりすぎ、日本だけに視線を向けすぎだ。
なぜ日米FTAではなく、TPPなのか、という疑問にも答えよう。私は日米同盟というのは日本外交において最重要な基軸を構成していると思っている。そうなると、軍事・ 政治のみならず経済面でも日米間には強い絆がある。実際に経済的な関係は非常に深いわけだから、これを制度で支える日米FTAというのは1つのアイデアだ と思う。
ただし、日米FTAは日本側にとって、特に政治的に非常に難しい。日本が米国に対して何を要求するのか。米国が日本に対して要求してくるのは農業でしかない。そういう中でTPPは非常にいい仕組みだと考えている。
つまり、これは日米を包含した環太平洋の秩序作りであり、実質、日米FTAも組み込まれていき、リードしていくのは日米、さらにオーストラリアなどになるわけで、単純に日米FTAを作るより良い構想だ。
中国、韓国、EUなどとのEPA作りについて心配される向きがあるが、これは全く違う。TPPに日本が入るかどうかを検討すると言うや否や、EUは日本とのEPAについて積極的な動きを始めた。日中韓は、勉強の期間を3年から2年に縮めて来年から交渉を始めようと言っている。TPPこそが自由化のビルディングブロックになっている。TPPか日中韓か、という話ではなく、TPPと日中韓、さらに日・EU、こういう関係にあることを是非とも頭に入れていただきたい。
当然、韓国は来年、米韓FTAが終わったら、TPPへの加盟を考えてくるだろう。日韓FTAは非常に難しい。1つは農業問題だが、もう1つは韓国の対日貿易赤字だ。二国間のFTAを作るともっと拡大してしまう。これは韓国の国民感情からは許せない。しかしTPPに入ると事実上、日韓FTAもできてしまう ことを意味し、政治的な障害が回避できる。そういう意味でもTPPは素晴らしい構想だと思う。さらに中国に対してもTPPを見せていくことで、EPA、FTAとは一体どういうものなのか、モデルを示せるという意味もある。(注:2011年10月25日、キヤノングローバル戦略研究所が東京都内で開いたシンポジウム「TPPの論点」での発言に基づいて構成した)
杜父魚文庫

コメント

  1. こぶな より:

    農業以外への影響は限定的、
    医療分野はほとんど問題にはならない、
    ISDS恐れるに足らず、
    賛成派ならそういった事も言うでしょう。
    しかし、知識人の『こうなるだろう、』という話は本当に当てにならない。
    例えば、『中国で内需が拡大していく』などと言っていた連中は何処に行ったのか。
    この人達は本当にすぐ消える。
    そして反省も無いまま何かを再び予言し始める。
    そもそも、メリットが無いなら色々悩んでいる事自体が馬鹿らしいのです。
    そしてメリットについてはいまだに不透明。
    アジアの秩序とか、アジアの成長とか、そういった土台を適当に作り、その上にいろいろ積み上げてきただけだからです。
    TPPの賛成派には本当に何の成長もないと感じています。
     
    それと、考え方というのがやはり重要になるのです。
    例えば、政権交代前には民主党への批判も多く、『民主亡国論のウソとは』という記事を書けるくらいには批判が多かったでしょう。
    しかし、それに影響を受けて民主党に投票するようなら愚かなのです。

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