竹中平蔵氏がTPPに関してわかりやすい一文を書いています。竹中氏はワシントンにもやってきて、12月2日に開かれた日米シンポジウムで日本のTPP参加についてのスピーチをしました。
<<【正論】慶応大学教授・竹中平蔵 「TPP皆保険崩す」のまやかし>>
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加を巡り、政界は大騒動を経験した。最終的に野田佳彦首相が「交渉参加に向けて各国と協議を開始する」 と決定し、米国など各国は“交渉参加”を歓迎する意向を示した。しかし今回の騒動は、いくつかの不手際が重なった結果であり、今後の日本の政策と政局に大きな負の遺産(ツケ)を残したと考えられる。
≪交渉参加以外に選択肢なし≫
事実関係を確認しておこう。TPPは、交 渉参加が当然であり、日本にはこれ以外の選択はあり得ない、という性格のものだ。自由貿易が国民全体に大きな利益をもたらすことは、アダム・スミスの「国富論」以来、世界が経験してきた共有の理解だ。日本自身これまで、自由貿易で最も大きな利益を得てきた国の一つといえる。
その利益を拡大するために、発展著しいアジア太平洋地域全体の自由貿易の枠組み(FTAAP)を作ることがAPEC(アジア太平洋経済協力会議)ですでに合意されている。それをどのようなプロセスで実現するか…この点が各国の重要な関心となってきた。
具体的に、米国中心のTPPと中国が影響力を行使しやすいASEAN(東南アジア諸国連合)プラス3(ないしは6)のルートが想定されている。日本としては双方の可能性を否定することなく、これらを活用し相互牽制(けんせい)させながら、国益に適う貿易体制を目指さねばならない。従って、同盟国米国が関与するTPPの交渉への参加はごく自然な選択であろう。
内閣府などの試算でも、参加が日本経済に全体としてプラスに働くことが明らかになっている。国民の多数がTPPに賛成し、大新聞の社説はほぼすべて参加に賛成…。こうした状況下で交渉に参加しないといった政治的選択は、全くあり得なかったといえよう。
≪不手際が残した3つのツケ≫
にもかかわらず、政府の意思決定は混乱し、かつ遅れた。今回の騒動過程で、政府与党には以下のような3つの不手際があった。
第一は「政治問題化」だ。そもそもTPPは条約交渉であり、交渉に参加し合意した後に国会の批准承認が必要になる。問題になったのは交渉への参加であり、 承認ではない。憲法73条も交渉参加は内閣の専権事項と謳(うた)う。与党を巻き込んで大騒ぎする必要など端からなかった。首相がさっさと決断すればよい話を、党側に丸投げして政治問題化させたのである。
第二は曖昧決着だ。決定は対外的には「交渉参加」以外の何物でもない。事実、各国は そう受け止めている。国内的にはしかし、参加は前提でないといった玉虫色にされたから反対派は矛を収めた。だが、今後、約3カ月して交渉参加が正式に受け入れられれば、再びTPPが政治問題になってしまう。このツケは政治的に大きい。
第三は、そうした中でTPP論議が矮小(わいしょう) 化され、一部産業や特定部門への影響だけが歪(ゆが)んだ形で議論されたことだ。前原誠司・民主党政調会長が「TPPお化け」と表現したように、一面だけが誇張されて独り歩きし、TPPの重要性が国民に理解されていない。
分かりやすい例を挙げよう。反対派の一部は、TPPで国民皆保険制度が崩壊するというキャンペーンを展開した。だが、11月に交渉参加の9カ国で合意された「アウトライン」にはそんなことは全く書かれていないし、今後議題になることも想定されていない。
≪自らの思い自らの言葉で語れ≫
そもそも、この話は、自由化が進めば混合診療が認められ、そうなれば収益性の高い分野への資源集中から皆保険制度が崩れるという、仮定に仮定を重ねた論理で成り立っている。しかも、10年も前から規制改革の中で議論されてきた問題であり、既得権益勢力が繰り返し主張してきた内容そのままである。ちなみに混合診療は小泉改革で2006年から部分的に認められており、その皆保険制度への弊害は全く聞かれていない。
その一方で、TPPがもたらすメリットの話も十分尽くされなかった。米国は今もトラックなどに高額の関税を課しており、政府調達を日本並みに開放していない参加国も多数ある。こうした面で日本の攻めに期待がかかるのだ。
深刻なのは、論議の歪みが最大野党の自民党にも広がり、同党国会議員の85%がTPPに反対したことだ。長年、責任与党を担ってきた同党への信頼を、一気に崩してしまうような出来事である。与党民主党内の反対論が強く、野田首相ら執行部が収拾に苦労する中で、自民党が徹底した賛成の立場を採っていれば、首相らは挟み撃ち状態で苦しい状況になり、自民党への信頼も高まっただろう。
今回の曖昧決着により、今後、交渉への正式参加の時期、さら には国会での批准承認の時期に、改めてTPP論議が再燃することになる。議論がここまで矮小化されてしまった要因の一つは、政府指導者たる野田首相が、自らの思いを、自らの言葉で国民に語っていないからである。国民の耳にタコができるほどしつこく、TPPの必要性を語るべきなのである。(たけなか へいぞう)
杜父魚文庫
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