8752 黒人保守候補はなぜ撤退したか 古森義久

アメリカではこの週末は大統領選挙予備段階での争いで、共和党側の先頭近くを走っていた黒人のハーマン・ケイン候補が立候補取りやめを宣言したことが大きな話題となりました。
ケイン氏は全米規模のピザ店を展開して大成功した,いま65歳のビジネスマンです。父親はハイヤーの運転手、母親はメイド、という質素な家庭に育ちながら、一代にして、財を成した、いわば立志伝中の人物です。
なお候補争いが激しく続く共和党側の選挙戦に彗星のごとく登場し、そのさわやかな演説と、自助努力を強調する保守哲学で、一気に支持率を高めてきた話題の人物です。政治歴はほとんど皆無なのが特徴ですが、政治についての意見は豊富に持っていて、それを一般の人たちにわかりやすく説くのです。
ケイン氏は同じ黒人でもオバマ大統領のリベラル政治とは対照的な保守主義を説きます。政府の規制や介入や支援はできるだけ少なく、民間での個人の努力を尊重する。アメリカの古きよき伝統と価値観を守る。社会福祉の増大で個人を政府の援助に依存させることには反対し、自由競争や民間努力の意義を強調する。
ケイン氏はオバマ大統領の医療保険改革にも反対です。医療に「大きな政府」が全面介入することに反対するわけです。
しかしそのケイン氏が4日には自分自身の選挙キャンペーンの停止を発表しました。理由は「これ以上の選挙戦は根拠のない攻撃によって自分の家族が傷つくからだ」と説明しました。ケイン氏に対しては数人の女性たちが「性的ないやがらせを受けた」「性的な交際があった」というような主張がぶつけられたのです。
ケイン氏はそれらの主張をみな「事実ではない」と否定しました。これらのセックスがらみのスキャンダルとされるケースはほとんどが10数年前の起きたとされています。立証がどちらの側にとっても難しいわけです。女性はこう主張し、男性側がそれをこう否定し、というおなじみの水かけ論なのです。しかしケイン氏自身が打撃を受け、彼の妻や家族が傷つくことは変わりはないようです。最近のアメリカ政治の定型ともいえる側面です。
しかし今回のケイン氏の「スキャンダル」も民主党側の一部が大手メディアの一部と連携して、彼の過去を掘り起こし、その材料をみつけて、プレイアップしたことは確実です。民主党も共和党も、選挙戦ではそれぞれ「相手側の研究班」という部門があって、敵方の候補の悪材料を探しまわり、あばきあうのが通常となっているのです。
ケイン氏はオバマ大統領にとっては特別な脅威を示す候補でした。人種の要因です。同じ黒人なのに、その説き、信じる政治哲学は正反対といえるほど異なる。そんな状況だったのです。いまやオバマ陣営にとってはその黒人のライバルを除去できた、といえそうです。
これから熱気を増すアメリカの大統領選挙、今回の例のようなネガティブ・キャンペーンはまだまだエスカレートするでしょう。共和党側では「オバマ大統領には誇れる実績がないため、選挙戦では相手のマイナスを強調するネガティブ・キャンペーンに徹するしか勝つ方法がないのだ」という予測がもっぱらなのです。共和党側ももちろんオバマ氏の非を徹底してプレイアップしようとすることは間違いありません。
杜父魚文庫

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