8829 「女性首相」がいいのではないか 岩見隆夫

実は、最近の女性はてっきり豊かになったと思っていた。なぜなら、観光地を訪ねても、料理店やレストランをのぞいても、女性グループが圧倒的に多いからだ。特に中年以上の集団が目につく。
エネルギッシュに遊び、楽しんでいる。新幹線に乗っても、あたりかまわず大声で騒ぎ散らしているのは、ほとんど例外なく女性グループだ。
「亭主に働かせて、女房族が誘い合い遊んでいるんじゃないか」という声もよく聞くが、とにかくお金がないことには遊べない。街を歩いても、女性の方が生き生きと映る。女性は豊か、とみるのが当然だった。
ところが、そうではなく、女性は貧しくなったという統計が先日出てびっくりした。国立社会保障・人口問題研究所の分析によるもので、勤労世代(二十~六十四歳)の単身で暮らす女性の三人に一人、三二%が貧困だという。六十五歳以上になると五二%と過半数、母子世帯では五七%と、女性の貧困はだんだん深刻の度を加えていく。
では、何をもって貧困と言うのか。〈相対的貧困率〉というのがある。すべての国民を所得順に並べて、真ん中の人の所得の半分(貧困線と言う。九〇年代末は一五〇万円だったが、二〇〇七年調査では一一四万円まで下がった)に満たない層の割合だ。〇九年の日本全体の貧困率は一六%、二〇四〇万人だが、単身女性はその倍の比率で貧しい。
これは大変な事態だ。貧困は明らかに女性に偏り始めている。十二月九日付『朝日新聞』によると、同研究所の阿部彩・分析研究部長は、
「女性の貧困率は、年齢とともに高くなる。今後は生涯未婚率の上昇も見込まれるので、結婚を前提とした社会保障制度は成り立たない。最低保障年金や単身加算など、女性が一人で暮らしていける制度に変えなければならない」と述べたという。二〇三〇年には生涯未婚で過ごす女性が五人に一人になるという分析データもあるそうだ。さらに、晩婚が進み、離婚が増え、それらがすべて女性の貧困率増加につながることになる。
当然、背景に雇用問題がある。派遣など非正規で働く女性は二〇一〇年の統計で一二一八万人、全女性雇用者の五四%を占めている。男性は五三九万人で一九%、女性はなんと約三倍の高率だ。若い単身女性の低収入は、高齢女性の貧困に直結していく。
だが、この現象は外から見えにくい。観光地などで目立つ女性グループはゆとりのある一部の既婚者たちと見ざるをえない。目立たないところで、女性の貧困化が進行しているのだ。
いま、〈最後のセーフティーネット(安全網)〉といわれる生活保護の受給者が過去最高の二〇五万人(一四八万六〇〇〇世帯)になったと大騒ぎしている。これも大問題に違いないが、生活保護は行政が対応している〈見える貧困〉が相手だ。しかし、行政や制度では把握しにくい、主として女性に顕著な〈見えない貧困〉をどうするのか。
◇権力闘争を好まないしやさしさで純粋に判断
女性の声はとかく小さい。単身女性がひっそり耐え忍んでいるのを放っておいていいはずがない。かつて『大東京ビンボー生活マニュアル』という連載漫画を描いた漫画家の前川つかささんが、
「お金はなくても四季の移り変わりや周囲の人々との交流を深く味わい、ゆったりした時間の中で生きる。そういう明るいビンボーもあっていい」などとある新聞で語っていた。それも理解できないではないが、私にはパワーのある男性の貧乏論のように聞こえた。
政治記者生活のなかで感じた一つは、いまのような男性議員中心の政治はきめが粗く、声の小さいものは切り捨てていく傾向が強いことだ。懇切丁寧でない。〈見えない貧困〉に着目し手を差し伸べるには限界があるような気がする。
ここは女性議員の活躍が待たれるのだ。一つのデータがある。財団法人〈市川房枝記念会 女性と政治センター〉の調べでわかったことだが、今春の統一地方選後、全国の地方議会に占める女性議員の割合は、過去最高の一一・一%になったという。都道府県議会、市区町村議会の女性議員総数は三九四二人で、前回を〇・九ポイント上回った。また、今回初めて、女性議員ゼロの都道府県議会が姿を消した。同センターでは、
「女性が議会に進出しやすい社会環境が整ってきたのではないか」と分析している。その通りだろう。歓迎すべきことに違いないが、十人に一人強では少なすぎる、と私は思う。東京の二四%を最高に大都市圏は高いが、長崎、島根、鹿児島などは五%台にすぎない。
衆参の国会議員で見ると、女性議員は衆院五二人、参院四五人の計九七人、全議員の一三%である。
地方の一一%、中央の一三%ではだめだ。せめて三〇%、できれば五〇%にならなければ、諸改革も男性発想に流れ、女性の〈見えない貧困〉などは置き去りにされてしまう。
「植民地と女は戦争のたびに強くなる」と大宅壮一さんが言ったそうで、第二次大戦後、日本の女性の社会進出は顕著である。だが、本当に強くなったのか、強くなるとはどういうことなのか、疑問も多い。
飛躍していると思われるかもしれないが、日本も〈女性首相〉の実現をそろそろ真剣に考える時がきたのではないか。いまから準備しても十年、二十年はかかるかもしれない。
よそはよそだが、ドイツの女性首相、メルケルさんは頼もしい。アフリカの小国の女性大統領がノーベル平和賞をもらった。一カ月後に迫った台湾総統選では、最大野党・民進党の女性候補、蔡英文主席が気を吐いているのに、と思う。
女性は権力闘争を好まないし、やさしさと純粋さが判断の中心を占める。そういう女性の特性が政治に不可欠になってきた。〈女性首相〉待望論を広げようではないか。(サンデー毎日)
杜父魚文庫

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