アジアの政治経済に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のT・J・ペンペル教授(02~06年、同校の東アジア研究所所長)に、在米フリージャーナリストの肥田美佐子さんが、北朝鮮情勢についてペンペル教授の見解をただしている。米ウォール・ストリート・ジャーナルが伝えた。
米東部時間12月18日夜、金正日・北朝鮮総書記死去の速報が米国内を駆けめぐった。日ごろアジアへの関心が薄い米メディアも、金正恩氏への権力継承が及ぼす米朝・米中関係への影響や核拡散の可能性を次々と報道。日本時間22日午後現在も、たとえば米誌『タイム』電子版の国際問題ブログ欄では、人気記事トップ10のうち6本を北朝鮮関連の記事が占めている。
金総書記の死亡は、2012年の日本や韓国、米国にとって、どのようなリスクをもたらすのか。日本が取るべき道は――。日本など、アジアの政治経済に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のT・J・ペンペル教授(02~06年、同校の東アジア研究所所長)に話を聞いた。
――オバマ大統領は、あらゆるレベルで日本と協力し、朝鮮半島の安定化に努める意向を表明している。具体的にどのような戦略に訴えるつもりなのか。
ペンペル教授 目下のところ、これといった動きはみえない。軍事的挑発行為はあるのか、公式に発表された(執務中の)心筋梗塞という死因には裏があるのではないか、軍部によるクーデターが進行しているのではないかなどの懸念から、動静を注意深くうかがっているといったところではないか。
米国の代表団が北朝鮮を訪れ、食糧援助などについて討議する予定だったが、保留になるだろう。12月28日の葬儀までは、米朝間の公式の接触はないものと思われる。
――北朝鮮の権力継承が日米韓に及ぼす最大の政治リスクは何か。
ペンペル教授 軍事的挑発行為だ。後継者とされる金正恩氏の支持基盤が固まっていないのは明らかであるため、軍部が裏で強大な役割を果たす可能性が強い。正恩氏にとって、軍部から信頼を得るには、北朝鮮の軍事力を誇示するような行動に訴えるのが手っ取り早いからだ。
(10年11月の)韓国・延坪島砲撃や、(北朝鮮の関与が疑われる10年3月の)韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件のようなことが起こるとは思わないが、何らかの軍事行動が取られる恐れは非常に高い。場合によっては、韓国や日本へのサイバー攻撃による威嚇行動という形をとるかもしれない。
長期的リスクとしては、ミサイル発射実験の回数が増えたり、(06年10月、09年5月に続く)3回目の地下核実験を行ったりする恐れが挙げられる。正恩氏には、そうした行動に訴えるよう、(軍部から)圧力がかかるだろう。何らかの軍事的挑発行為が起こる可能性は非常に強い。
――米中関係にとってのリスクは?
ペンペル教授 中国が、北朝鮮のそうした行為に対して、どのような対応をするかによる。中国は、北朝鮮による(09年の)2度目の核実験後、批判的な姿勢を強め、北朝鮮を非難する国連決議を支持した。だが、「天安」の爆発・沈没事件では、証拠がないとして態度をやわらげ、延坪島砲撃についても、ほとんど発言しなかった。
そうした過去から、中国が、また北朝鮮寄りの姿勢をみせるのではないかと危惧している。米国は、北朝鮮に対する中国の出方を判断材料にして米中関係を考えるべきだ。
――米中関係が冷え込む可能性もあると?
ペンペル教授 そうだ。ここ1年から1年半の間、米国は、中国が(東アジア海域で)軍事力を強化していることに大きな懸念を持っており、安全保障をめぐる二国間のあつれきは増している。そのうえ、中国が北朝鮮の軍事的挑発行為を支持するような事態になれば、米中関係は一気に悪化するだろう。
――そうなった場合、中国が、米国債最大の保有国としての立場を外交カードとして使う可能性はあるか。
ペンペル教授 その点で、中国が目立った行動に出ることはないだろう。米中関係は非常に複雑であり、人民元の過小評価や安保上の問題にもかかわらず、両国は、経済・貿易をめぐっては非常に緊密な関係を保っている。現時点では、中国にとって、米国債以外に、これという投資先もない。ユーロ買いは避けたいだろうし、日本国債も大量に購入する気はないだろう。
もっとも長期的には、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)を拡大し、(構成通貨である米ドルやユーロ、円、英ポンドに人民元を加えることで)ドルに代わる準備通貨をつくりたいと考えているだろうが。
――北朝鮮の指導者交代が世界経済に及ぼしうる最大のリスクは何か。
ペンペル教授 軍事的挑発行為が起こった場合、投資家が嫌気し、韓国株が暴落する恐れがあることだ。日本でも、同じことが起こりうる。
とはいえ、中国も無傷ではすまない。日韓の株価が大きく下げれば、中国の経済成長も減速する。そうなれば、(自動車など)米国製品の中国向け輸出にも影響が及び、米経済の足も引っ張りかねない。今や世界経済は、あまりにも密接に連関している。
日本株や韓国株が週間で3~7%反落するような事態になれば、米国の株式市場でも売りが相次ぎ、欧州でも連鎖反応が起こる可能性が非常に大きい。
――日本は、東アジアの安定化に向けて、どのような形で米国と協力すべきか。
ペンペル教授 経済を通して以外にありえない。両国は軍事面では比較的良好だが、米国は、経済面で、日本に対して大きな不満を抱いている。日本経済が低迷してから20年になるが、日本の政治的指導者は、経済再建になかなか重い腰を上げようとしない。その点で、米国は、日本がアジアでの指導力発揮に後ろ向きであると感じており、日米関係にはマイナスだと思う。
戦後、日本の力強い経済成長は、台湾や韓国などのアジア諸国に大きな活力を与えてきた。技術移転にも非常に積極的だった。日本経済の成功は、冷戦終結にも大きな役割を果たした。日米が多くの点で協力できたのも、日本経済の足腰の強さによるところが大きかった。
だが、近年、日本の指導層は内向きになっており、次期首相を誰にするかできゅうきゅうとしているのが現実だ。経済再建は手付かずのまま。働く女性を取り巻く環境も変わっておらず、閉鎖的な産業セクターの門戸開放も、さほど進んでいない。日本には、北朝鮮に経済援助を行ったり、環境問題で中韓と手を組んだりなど、東アジアの発展に向けて貢献する道が数多いことを最後に強調したい。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。
日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。
『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』 『AERA』 『サンデー毎日』 『ニューズウィーク日本版』 『週刊ダイヤモンド』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキ ング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。
杜父魚文庫
8844 北朝鮮の軍事挑発で日韓株価の暴落も 古沢襄

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