北朝鮮の情勢が揺れ動くいま、連日の洪水のような情報のなかで、ワシントンにいても毎日、依存し、楽しみにしているのは産経新聞の黒田勝博記者のソウルからの報道です。
1994年に金日成が死亡したときの韓国側の反応と、いま2011年の金正日死去での韓国民の反応と、二つを比較して、現状の分析をさりげなく試みるという基礎の知識や体験を有する日本人記者というのは、いまや黒田氏をおいて存在しません。
国際情勢の読み方というのは、やはり継続性が大切です。過去の流れをまったく知らない観察者はいまの情勢を読むうえで大きなミスを冒しがちです。でなくても、きわめて皮相な報道となります。
黒田記者の朝鮮半島報道、韓国報道はおそらくすでに30数年の蓄積、しかも一環した積み重ねの上に成り立っています。だからこそ黒田報道には貴重な価値があるわけです。
以下に紹介する彼の二つの記事からも、他の報道にはない、そんな価値を感じさせられます。
<<■【緯度経度】ソウル・黒田勝弘 金正恩に“日本”は吉か凶か>>
在日韓国人で以前から母国(韓国)でビジネスをしている人たちの間で、父母世代を含めた在日韓国人の母国の発展に対する“貢献”を、歴史に残そうという動きがある。
在日韓国人たちは日韓国交正常化(1965年)前から韓国にドルをはじめ多くのものを持ち込み、母国の発展につくした。「故郷に錦を飾る」かたちで、工場や学校を建て、親戚・縁者を援助し、奨学金や寄付を届けた…。
彼らは韓国にとって“金づる”だった。その総額は日本が国交正常化に際し韓国に提供した資金協力(請求権資金)より大きかったとの説もある。東京の一等地にある韓国大使館の敷地だって在日韓国人が寄贈したものだ。
韓国が“金持ち”になるにしたがい、そんなことは忘れられつつある。それが残念で何とか歴史に残したいというわけだ。
北朝鮮も似ている。在日朝鮮人が日本から持ち込んだ資金やモノは膨大で、北が経済的に疲弊しながらも何とかもったのはそのおかげ、という説もある。金日成・正日父子が朝鮮総連幹部を国賓待遇で遇してきたのはそのせいだ。
ただ韓国との違いは、その“貢献”が国民のための経済発展には使われず、父子崇拝の「記念碑的建造物」や軍備に“浪費”されたことだ。だから在日韓国人は報われたが、在日朝鮮人は報われなかった。
韓国では政府もマスコミも企業も、日本からの支援や協力を表向きちゃんと評価しようとしない傾向がある。日本の学者はこれを「日本隠し」というが、北朝鮮でも金正恩・新体制のスタートに際し「日本隠し」をやるのかどうか関心を集めている。
韓国のさるセミナーでも話題になった。金正恩の母、故高英姫が在日朝鮮人出身で、金正恩の成長過程には「日本」が影響を与えているはずだから、その日本観や今後の対日姿勢が興味深いというのだ。
これに対しては「北では“日本”はかえって不利で指導者にとってはマイナスだから“日本隠し”の方になるだろう」という反論が出ていた。
金正恩における幼少時の「日本の影」については、金正日の料理人だった藤本健二著『北の後継者キム・ジョンウン』(中公新書ラクレ)に詳しい。オモチャや食べ物から漫画、ゲーム、文房具にディズニーランド、東京タワー…。
金正恩・後継者のための“日本隠し”で、もし母・高英姫が冷遇されたり歴史から消されたりすれば、これはこれでロイヤルファミリーの“火ダネ”になる。高英姫を母に持つ次男の金正哲や長女の金ヨジョンは不満を持つだろうし。
生前、高英姫は賢夫人として金正日によく仕えたと伝えられ、一時は非公式ながら“国母”だった。金正恩が母のことを冷遇し排除した場合、権力内部で反発する向きもあるだろう。
金正恩体制にとって「日本」は吉と出るか凶と出るか。北朝鮮は日本にとって意外に、遠くて近い?
<<■【外信コラム】ソウルからヨボセヨ 存在感薄かった2代目>>
金正日総書記があっけなく亡くなった。同じ世代で、まだ無名だった1970年代初めから付き合ってきた(?)者としては感慨深い。「彼が生きている限りはこちらも死ねない!」などと粋がっていた筆者も潮時かな?
それにしても寂しい。ソウルの街の反応のことだ。マスコミは自分たちの大統領が亡くなったように連日、大々的に報道しているが人々の関心はいまいちだ。とくに17年前、父・金日成主席が亡くなったときと比べると実に寂しい。
あの時は「金日成が死んだぞ!」といって触れ回る人がいて、飲み屋では祝杯を挙げる風景もあった。“有事”ということでコメやラーメンを買い込んだり、 あるばあちゃんなどゆで卵を10個食べて「もう死んでもいい…」と言ったエピソードも聞いた。貧しい時代に育ったお年寄りにゆで卵はそれほど貴重だった。
金日成は戦争を仕掛けたり韓国の大統領を暗殺しようとしたり、韓国人にとっては「ナップンノム(悪いやつ)」だったが、逆に一目置かれてはいたのだ。
豊かになった韓国人の余裕もあるが2代目・金正日に存在感はなかった。祝杯など見かけない。さらに軽く見られている3代目が「バカにするな!」といって何かしでかしはしないか、心配する声はある。(黒田勝弘)
杜父魚文庫
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