韓国の大統領選挙は12月だが、それに先だって4月に国会議員総選挙が行われる。比較的に親日だった李明博(イミョンバク)大統領には、国民が支持離れをみせているので、与党のハンナラ党にとって苦しい選挙になる。
そんな中で中央日報が韓国ギャラップに依頼した新年特集世論調査を実施したが、回答者の半分以上が今年の大統領選挙で野党に政権交代すると予想したのにもかかわらず、 朴槿恵(パク・クネ)ハンナラ党非常対策委員長が一位になっている。
朴槿恵氏は朴正煕元大統領の長女、五十九歳になる。母親の陸英修氏が文世光事件(一九七四年)で暗殺され、その五年後に朴正煕元大統領も朴正煕暗殺事件(一九七九年)で暗殺された悲劇の人。
ハンナラ党が不振な時期に、変わらない朴槿恵氏の知名度と人気で低落を食い止めたことから「ハンナラ党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。李明博大統領の人気低落で野党に政権交代が予測される中で再び「ハンナラ党のジャンヌ・ダルク」になるか、どうか。もっとも反日色が濃い朴槿恵大統領になると日韓関係は悪化すると予測する向きがある。
<韓国国民は今年の大統領選挙でどの候補に票を投じるだろうか。また新しい大統領候補に要求する政策課題は何か。そして大統領選挙まで1年も残っていない状況で、潜在的候補の相対的支持率はどの程度なのか。
中央日報は昨年12月28日、韓国ギャラップに依頼し、全国の成人男女2014人を対象にこうした内容の新年特集世論調査を実施した。その結果、潜在的候補群のうち朴槿恵(パク・クネ)ハンナラ党非常対策委員長が細部政策的リーダーシップ項目ですべて1位になった。しかし回答者の半分以上が今年の大統領選挙で野党に政権交代すると予想した。
◇大統領に望むリーダーシップ
新しい大統領に望むリーダーシップは3つに分けて調査が行われた。
まず「南北危機状況」で最もうまく対処できる候補を選ぶ質問では、朴槿恵委員長とその他の大統領選挙潜在候補の間で支持率の差が大きく開いた。
朴槿恵委員長が22.5%で最も高く、続いて安哲秀(アン・チョルス)ソウル大融合科学技術大学院長(7.2%)、文在寅(ムン・ジェイン)盧武鉉財団理事長(6.2%)、李会昌(イ・フェチャン)元自由先進党代表(4.1%)、鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一部長官(3.2%)などの順だった。朴槿恵委員長を選んだ回答者は女性(18.0%)より男性(27.1%)で、進歩性向(14.3%)より保守性向(33.4%)で多かった。
「リーダーシップを通した政治の安定」でも朴槿恵委員長が29.4%でトップとなった。安哲秀院長は15.9%で2位だった。次いで文在寅理事長(4.6%)、李会昌元代表(3.8%)、孫鶴圭(ソン・ハッキュ)元民主党代表(2.2%)などの順だった。高年齢層では朴槿恵委員長を選ぶ回答者が多かった(50代35.3%、60代以上35.5%)半面、若者層では安哲秀院長とほぼ対等な支持率となった。20代は19.9%(朴槿恵)対25.0%(安哲秀)、30代は26.8%(朴槿恵)対20.8%(安哲秀)だった。
「経済発展」のためのリーダーシップでも、朴槿恵委員長(23.2%)が1位で、安哲秀院長(19.5%)が2位だった。しかし誤差範囲内の差で、実際には対等な支持率と見なせる。これに対し鄭夢準(チョン・モンジュン)元ハンナラ党代表(3.6%)、文在寅理事長(2.55%)、孫鶴圭元代表(2.1%)に対する支持率は低かった。高年齢・低学歴・保守性向の回答者は朴槿恵委員長を、低年齢・高学歴・進歩性向の回答者は安哲秀院長を多く選んでいる。
今回の調査は「新しい大統領に最も強く望むリーダーシップ徳性」と「現在の次期大統領候補」を結合評価したという点に意味がある。単なる支持率など興味中心の結果を補完する効果もある。
ホ・ジンジェ韓国ギャラップ代表は「個別候補に対する国民の平均的イメージ情報を提供し、候補選択時の感性的接近の代わりに理性的判断を誘導する方向で調査を設計した」と説明した。
今回の調査の標本は性・年齢・地域別人口比例割当抽出法で選定し、調査は任意に電話番号を選択する方法(RDD)を利用した固定・携帯電話結合方式で行われた。最大許容誤差範囲は95%の信頼水準で±3.1ポイント、応答率は19.2%。(中央日報)
<朴槿恵人物像=韓国の第5代~第9代大統領・朴正煕の長女。1974年8月15日に文世光事件で母親の陸英修が暗殺されたため、急遽留学先のフランスから帰国。1979年に父親が金載圭KCIA長官に暗殺(朴正煕暗殺事件)されるまで、ファースト・レディー役を務めた。父の死亡を耳にした際の第一声は、混乱に乗じて朝鮮人民軍が侵攻する事を懸念した「休戦線は大丈夫か」だった。現EGテック会長の朴志晩は弟。
政界入りとハンナラ党代表就任
ガールスカウト団名誉総裁、財団理事長を務めた後、1998年に行われた国会議員補欠選挙(大邱広域市達城郡)に立候補、当選し政界入りした。2004年3月23日、韓国では1965年に野党民衆党の代表最高委員(党首)に朴順天が就任して以来、39年ぶりの女性党首としてハンナラ党の代表に就任。2004年4月の総選挙でも達城郡の選挙区から当選した。この選挙では、大統領弾劾を可決したハンナラ党は惨敗が予想されたが、朴槿恵の知名度と人気で小幅の後退に食い止め、「ハンナラ党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた。
2006年5月20日午後、遊説中にカッターナイフで男に切り付けられ、右耳下から顎にかけて10センチの傷を負い60針縫う手術を受けた。この際、盧武鉉大統領支持団体(ノサモ)からは、「60針を縫ったのは整形手術」という声が挙がったが、それが逆に反感を呼び大統領支持派に対する批判拡大へとつながった。なお犯人の背後関係については、検察・警察の合同捜査本部による捜査の結果、「単独犯」との結論に達した。
2007年大統領選ハンナラ党予備選出馬とその後 [編集]襲撃事件による同情票や盧武鉉政権の経済失政に対する批判、さらに「整形発言」への反発もあって、2006年5月31日に行われた統一地方選挙ではハンナラ党を地滑り的勝利に導いた。この結果、同じハンナラ党の李明博に次ぐ2007年の韓国次期大統領選の有力候補としての地位を固めたが、2007年8月20日に、党大会で行われた大統領候補党内予備選挙で李明博に敗れた。翌年(2008年)4月の第18代総選挙で4度目の当選を果たしている。
2010年12月27日、政策研究のためのシンクタンクとなる「国家未来研究院」を発足させ、2012年に予定されている大統領選挙に向けて本格始動を開始した。2011年4月27日の再補選でハンナラ党が敗北し安商守党代表が辞任したことを受けて行われる党内選挙への出馬がささやかれていたが5月20日、選挙への不出馬を表明した。
10月のソウル市長補欠選挙での党公認候補の敗北と同市長選における中央選挙管理委員会ホームページへのサイバー攻撃に党所属国会議員秘書の関与が発覚するなど、ハンナラ党にとってマイナスとなる出来事が相次ぎ、12月9日には7月の全党大会で選出された洪準杓代表が辞任を表明するに至った。混迷の度合いが強まる中で行われた12日の議員総会において朴槿恵元代表を委員長とする非常対策委員会を発足させることで意見がまとまった。これにより朴元代表が5年5ヶ月ぶりに党の指揮を執ることになった。しかし、非常対策委員会が主導する党刷新の方向性については、意見がまとまらず派閥間で対立が続いている。
12月20日、全国委員会が開かれ、朴槿恵元代表を非常対策委員会委員長に選出した。党最高委員の全権が非常対策委員長にゆだねられたことで、朴槿恵が実質的な党代表として地位を持つことになった。<(フリー百科事典ウィキペディア)>
杜父魚文庫
8873 韓国大統領選挙予測で朴槿恵が一位 古沢襄
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