8914 ハンガリーでせっかく保守中道政権が産まれたのに 宮崎正弘

野党と左翼が反政府抗議デモを展開、ユーロ金融危機の余波はブタペストへも・・・。オーストリー・ハンガリー二重帝国は首都がウィーンとブタペスト。ハプスブルグ家は欧州で繁栄の象徴だった時代がある。
ハンガリーが真っ逆さまに最貧国に転落したのは第二次世界大戦以後、ソビエトの軍事力に蹂躙され、社会主義政権の計画経済の元で、にっちもさっちもいかなくなったからだ。
全体主義は人間の自由を奪い、市場から競争関係を取り除く。経済は当然ながら停滞から沈降へ向かう。冷戦がおわってすぐに筆者はブタペストを訪れたことがある。古城を中心に白馬の馬車に乗って、史跡をめぐった。
中欧最大の湖=バラトン湖へも足を伸ばした。このバラトン湖へ休暇でやってきた東ドイツ人がごっそりと隣のオーストリアへ国境の柵を蹴破ってなだれ込んだ。ベルリンの壁がまだ存在していた時代である。
もともとハンガリーという国は紀元前四世紀にフン族が侵入したあたりから歴史に名がでてくる。フン族はシナの北方にいた騎馬民族「きょうど」である。やがてローマ帝国に編入され、13世紀にはモンゴルがやってきた。16世紀にはオスマン・トルコ帝国の版図に組み入れられ、ようやく独自の帝国ハプスブルグ家が成立するのは1699年だ。
そして1867年にオーストリー・ハンガリー二重帝国が誕生した。
ソ連の影響から脱したハンガリーは1999年にNATOに加盟した。アフガニスタン、イラクに派兵し、2004年にはEUにも加盟した。西側の一員となったのだ。 
このハンガリーは、小さな国家である。国土面積が日本の四分の一、人口は一千万人弱。国民の95%はマジャール人(すなわち東洋フン族の末裔)。ハンガリー語は文法も発音も韓国語に近い。欧州における東洋から膠着した言語はほかにフィンランド語、トルコ語がそうである。(共通項がある。フィンランドもトルコも日露戦争に勝った日本を尊敬し『東郷ビール』がある)。
▲ハンガリー経済の悲劇が胚胎していた
しかしハンガリーは伝統と歴史の矜恃から通貨政策では独自通貨フォリントを守り「ユーロ」には加わらなかった。
これが通貨安をまねき、かえって輸出が増大し、景気は良かった。すくなくともユーロ危機が突発する前までは。
IMFはハンガリーの経済を支援するために200億ドルを融資し、対独貿易で潤うハンガリー経済の離陸は時間の問題、ポーランドと並び繁栄へ向かっていると予測された。
しかしポーランドがそうであるように、国内金融にもユーロ建て住宅ローンを持ち込んだ結果、庶民は住宅債務が急膨張するという悲劇に見舞われる(フォリントが対ユーロの為替レート下落のため返済額が増え、金利負担も増える)
こうして2010年四月の選挙では社会主義的路線だった左翼政権が崩落し、保守中道の「フィデス」が国会で絶対多数をしめる。フィデスは与党の名称。
中道のキリスト教政党と連立し、憲法改正をはかり、中央銀行への規制強化、マスコミの報道規制、司法制度改正などに議会の圧倒的議席を背景に、オバーン・ヴィクトル首相は手をつけた。
目的は左翼全体主義の残滓を取り除き、市場を自由にするための過渡的手段だった。ところが、運悪くユーロ危機に巻き込まれる。ハンガリー国債は金利10%を超え、格付け機関はハンガリー国債を「紙屑」と位置づけ、国内金利も8%になって、失業率は11%を突破し、通貨フォリントは対ユーロ・レートをさらに落下させ、いきなり経済が悪化する。
政府批判は沸騰する。
ブダペストの野党は反「フィデス」運動を大衆運動に組織化しなおし、政権を「ファシスト」呼ばわりし始めて、西欧のリベラルなメディアの支援を得た。左翼党派の連携が背後にあって巧妙な反政府運動は、またたくまにハンガリー全土に広がった。
しかし報道の自由と中央銀行の独自性はEU議会に共通のアジェンダであるために、欧州議会もハンガリーの政権批判に与するという計算違いがおこる。
オバマの米国も、この合唱にくわわって、三分の二をしめるハンガリーの政治に容喙する。これは率直に言えば内政干渉だろう。
しかしハンガリーはEU議会に加わってしまった以上、恰もユーロ加盟国が独自の金利政策も財政政策も採用し得ないように、矛盾した政治的自由の陥穽に陥ったのである。
▲IMFもEUも余計な内政干渉を控えるべきではないのか
そのうえIMF融資の条件は厳しい金融政策への締め付けと干渉をともない、韓国がそうであるように、つねに目の前にデフォルトの危機と闘わなければいけない。狭窄な選択肢しか残されてはいないのである。
他方で金融危機とIMFの干渉にハンガリーの人々にはナショナリズムが燃える。
西欧のリベラル基調に支援された左翼よりも、新興の右翼政党が急速に支持を増やす。せっかく保守中道の国家再建が緒に就いたばかりというのに、ユーロ危機に巻き込まれたハンガリーはどこへ行くか?
杜父魚文庫

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